。+゚☆゚+ 星 降 る 夜 に +゚☆゚+。

。+゚☆゚+ 潮江文次郎 & 芳川菜生 +゚☆゚+。

(外気に肌が慣れきらぬまま、校門へと向かう途中で―)
潮江文次郎
潮江文次郎
(会計室でも例に漏れず、冷やかしでしかない言葉が任務を命じるように掛けられていたのは十数分前のこと。そんな中届けられたメールには何よりもまず驚きが勝ったものだけど、別段断る理由もなく、帰路を共にするのが何故自分なのかという疑問だけを微かに、承諾のメールを返して。疑問の答えに思い当たる節が全くないではないけど、それはともかくとして相手が女子である以上、一人で夜道を歩かせるより、共に付いた方がいいと――あの日から変わらずクラスメイトとして好意的な態度で接してきてはいたけど、さすがに敵を多く作る会計委員長という冠―尤も潮江の言動が招く敵意が殆どだけど―を携えた潮江が、鈍い訳はないから。話し始めてからがどうあれ、彼女が目的を持って近付いて来ていると言う可能性も視野に入れた上で、それもよくあることであるかのように、変わらぬ態度はそのまま彼女が側に並ぶことを受け入れ始めていた。)―芳川。(昇降口から抜けてちょうど待ち合わせた校門へ向かう途中。彼女の姿が見えれば歩調を速め、その隣へと並んだ。ついと下げる視線の位置も随分馴染んでいるのだから、数日での関わりは警戒心を―元より彼女相手に持てるものではなかったけど―解かせているとも言えただろうか。)おう、お疲れ。今出てきたところか?こんな時間まで熱心に残っているとは、保健委員会も順調のようだな。(長引いているのだから難航しているとも言えるだろうけど、今日の首尾を問うようにも聞こえる言葉を掛けつつ、歩幅を合わせる。傍目には偶然見かけて近寄ったようにも見えるだろうけど、「芳川も徒歩か?」なんて問いかけはメールの誘いを実行する為に掛けられるもので、)
 
寒いのに雪降る気配ないねえ…、等身大雪だるま、作りたいのに。
芳川菜生
芳川菜生
(寒さに弱く真っ赤になった鼻頭と頬をレッキスファーのモカ色のマフラーに押し込んで水仕事の多い手を手袋に包みながら、変なことになっちゃったな…、と思う。待ち人は、一度も一緒に帰宅した事のない同級生。それというのも顧問が余計な提案をして、渋る芳川にじれた二年生が代わりに彼女の携帯でメール送信した事から始まった。今日一緒に帰らない?、簡潔な文面に承諾が返ったのには驚愕し、驚きのあまり”ありがとう!”となる筈の返信が手が滑って”ありがとえ!”になっていた等と気付きもせず、後輩達にエールと共に送り出されては腹を決める他ない。クラスメイト相手に緊張と躊躇を抱くほど謙虚でも人見知りでもなく、結局は変な事になったと思う胸中に反して口元もしっかり緩んでいて――紺碧の広がる天を仰げば、白い吐息がふわり、舞う。その白さのむこうに知った人影を見つけたなら手を振って、)潮江くんもお疲れさま。うん、今来たばかり。(頷き、そして合わせられた歩幅。そういう親切心を発見する度に嬉しくなったりして、弱点じゃなくて良い所なら見つけられるのに、と嘆息したくなるのももう何度目か。)…話し合いが白熱して気付いたらこの時間になってるくらいには順調、かな、やるからには結果を出したいものね。会計も、最近はこんなに遅いの?(自信満々の得意気な様相は珍しくそれだけ気合いが入っているのだろうが、ライバルに明かすようでは警戒心の薄さも高が知れている。最後の言葉だってスパイの一環ではなく、何の気なしの質問で―続いた彼の問いかけには首肯を返し、)家は此処から商店街に続く道沿いに進んで十分弱、割と近いんだよ。通学時間と、通学路に御用達スーパーとお惣菜屋さんがある事で学校決めたから、ね。(自転車で来れば帰りに食材購入しても手荷物になる事がなく楽出来るという点で、我ながら良い選択をしたと自負している。芳川”も”―とは彼も普段から徒歩だと察するのは易く、喋りやすいようにマフラーから出した口元がまた一つ白を零して問うたのは、「潮江くんちはどこらへん?」と、一緒に帰れる距離の目処を付ける為のもの―)
 
等身大となると相当の量が必要だぞ。…低学年が喜びそうだな。
潮江文次郎
潮江文次郎
(了承の旨を伝えたメールへの返信に妙な打ち間違いを発見したなら眉を下げて溜息ともつかない笑みが漏れた。そんな潮江の様子を後輩が不思議そうに見上げていたことに気付けば慌てて咳払いで誤魔化して―いつの間にやら気を和らげられてしまう彼女の存在というのは、今の潮江にとって不思議なものだと思わされるくらいのものだ―と思っている―けど、掛けた声に手が上がれば、無意識に微か目元が和んでいた。今来たばかりと言う彼女に「ちょうどいいタイミングだったようだな、」と小さく笑って、待たせていないことにほっとすれば、潮江のほうも、緊張とは無縁の様子で歩を進めるのか。)っはは、今の時期はどこの委員会も侮れねぇからな。それを聞いて益々やる気が出るってものだ。勿論、会計委員会が簡単に負ける訳がないがな。(予算会議は勝ち負けではないけど、自信の表れと言える表現が潮江の口から零れるのは耳慣れたものだろうか。彼女の得意げな調子と同じくして、冗談めかすように紡げば、「…融通を利かせるには計算間違いは減らしたいからな、」なんて相好を苦く戻して、会計が遅くなる理由を滑らせて。この程度なら知られたところで有利不利はない根本的なところである。予算配分の管理を任される者としては、平等という言葉も頭になくはないのだけど、毎度のこと騒動が起こるのは、頭に血が上りやすい性格の所為だろうか。)通学時間はともかく、スーパーと惣菜屋とは何とも芳川らしいな。夕飯の手伝いか?(よく気が利くのはそんな日常のお蔭だろうか、なんて思いながら、自宅を思い返しつつ問いに答えようと、「商店街を抜ければすぐだ。丘のほう。通学には30分程度掛かるがな。」と、すぐと言う割には男子高生の足で掛かる時間にしては長めだろうか。彼女の吐く息に「寒いな、」と呟く潮江の鼻は少し赤かったけど、それほど気にならないのは日々の鍛錬のお蔭だけではなくて―、)
 
六年生だって喜べるよ、ほら、作る側なら楽しいし体温まるし…!
芳川菜生
芳川菜生
(半ばむりやりに送信された、メール。件の彼との会話で思いついた注意力強化週間を実行に踏み切り、最終日に今迄のツケが回ってきたのかと言う程の一年生の不運に巻き込まれた川西左近―この後輩の巻き込まれ体質も見事なものだと不謹慎ながら再認識プラス感心した位だ―のささやかな仕返し、という意趣もあったのだろうけれど。これも厚意だと、前向きに受け止めておく事にしよう。彼の笑みが齎す快活な発言には口先だけの自信に留まらないものが窺えて、それでこそ地獄の会計委員長だと誉めていいのやら。その横顔を眺めては、同じく緩む彼女の唇―)ほんと、相手のし甲斐があるったら。わたしの目標は潮江くんにぎゃふん!と言わせることなんだから覚悟しておいてね、…逞しくなるために10キロ算盤に対抗して10キロ温度計とか開発すべきかなあ…。(まずは5キロから?、真顔で呟いて、若干にがにがしく洩れた声音には「付け入れられるとしたらそこだもんねえ…」と会計でもない癖にしみじみと深い息で甘い色のファーを揺らすのだ。大体、予算会議で何故毎回あんなに大事になっているのだろうと入学当時感じて以来久しくなった疑問を思い返し、すっかり学園生活に慣れた現状を実感しては再び満更でもない様相に早変わりしつつ。らしいな、との台詞は彼女にとって褒め言葉だから、こそばゆそうに瞳を細めたなら)手伝いって言うより、うちでは家事がわたしのお仕事なの。これでも料理とか得意なんだよ、(どちらかと言わずとも不器用な質であるから、最初の頃はお弁当も彼女が作った物だと友人は中々信じてくれなかったものだ。本来それなりに早いのであろう足で30分は近いのか否か、―ただ、)じゃあ同じ方面なんだ…、別れ道までご一緒させてもらおうかな。(思わぬ嬉しい発見に、ふにゃり 緩む頬は赤くかじかんでいるのに、不思議と痛くも辛くも、先程までの身に沁みる寒さも感じなかった。―小さな息が作った音に視線を上げて、同意に頷いた顔は微かに赤味を帯びた皮膚を見とめた直後、不意に思い出して鞄を探った彼女の手には―使い捨てカイロ。後日買い直して補充するのを誓い、保健室からひとつだけ頂いてきたものだ。中身を取り出して軽く振った後、それを彼の手の甲にぺたりと置いて、)ええとね、風邪流行ってるし、…お誘い受けてくれたお礼も兼ねて。(暖を取れる飲食の方が気が利いているのかもしれないが、放課後買出しをしない時は無駄遣いしないよう財布を持ってこない吝嗇気質が仇となった訳で。まあこれ位が逆に気遣われないだろう、30分の夜道のお供にと差し出した彼女はマフラーの下、くぐもるのを良い事に「ありがとう、」と―一番言いたかった事を達成、出来た。)
 
雪で、か?無邪気に遊ぶ六年というのも、少ないと思うが…。
潮江文次郎
潮江文次郎
(喧嘩腰に啖呵を切ることは多々あれど、こう穏やかな状況で宣戦布告を耳にするのは珍しい。売り言葉に買い言葉だったり、それなりに気心知れた相手だったり、そうなる原因というのは勿論あるのだけど、それはそれでやる気に繋がっていたものだから、今のように静かに燃える対抗心も悪くないものだと、彼女の目標を聞けば溜息を吐くように小さく噴き出して、)芳川もなかなか言うじゃねぇか。その強気がいつまで保ってくれるのか期待してるぞ。…それで鍛えられるのは、保健委員よりも来客じゃねえのか?それに、10キロにしようと思うと使い勝手の悪い大きさになってしまうだろう。(6年間この学園で予算会議を切り抜けてきた彼女も簡単に屈しないことは理解しているけど、覚悟よりも楽しみの方が勝ってしまうものだから、強気な笑みを深くして。続けた10キロ温度計の設計に対しては、現実的に述べる欠点。10キロ算盤とて使い勝手のいい物かと問われれば疑問が浮かぶ代物だろうけど、10キロ算盤紛いの物が開発される分には協力的にこちらも返して。「全く、普段から弛んでいるからいざという時に焦る破目になるんだろうが…、―明日は校外ランニングでも行うか…、」なんて、ぼやいてから続けた思い付き。体育委員会さながらのそれは潮江なりの考えもあるのだろうけど、一聞には脈絡もなく、隣で感慨に耽る彼女を尻目に顎を指先でなぞって真剣に小さく白い息を零した―。)ほお?今の内からそれだけ働いてくれていれば、ご両親はさぞや助かることだろうな。何というか、いい嫁になりそうだ。(家事が仕事という言葉に納得と感心を含めて言葉を返しながら、さらりと零れた感想は、彼女の持ち合わせた優しい空気が容易く想像させたものだから。そういえば家庭科の調理実習で手際の良かった彼女の姿を思い出して、似合うなと、密やかに思ったりして。合わせた歩幅が向かう方角が同じだと告げれば、緩められた笑みには当然と言うように疑問を浮かばせ、)…何言ってるんだ。どうせ通り道なんだ、この時間だし、家の前まで送るぞ。……ああ、迷惑ならばそれで構わんが。(帰路を共にするならば、その方角が違えど当然の行為だと思っていたけど、迷惑である可能性を思えば断ってくれればと軽い調子で言葉を紡いで。世間話の定番のように、返答の分かりきった言葉を漏らしたというのに、首肯の後ふと鞄を探り始めた彼女。何事かと不思議そうに視線を落としていれば、手の甲に触れた、温もり始めた感触。瞬いて言葉を受けながら、お前こそ寒くないのかだとか、礼を言われることはしていないだとか、言いたいことも呑み込んで、小さく笑みを浮かべれば、そっとカイロを受け取ろうか。)―ああ。有難く頂戴しておくよ。だが、芳川も寒くなったら言えよ。いつでも返してやるからな。(厚意は有難く受け取ることにした。けれど浮かんでくるむず痒さを誤魔化すように、冗談めかしてしまいつつ。眉を下げて笑みを浮かべる姿は、疲れたようにも見せる目の下の隈の所為で、持ち合わせた雰囲気とも相俟って老けて見えると言われる所以なのだろう。けれど、笑み自体は年相応に珍しく幼いもので。くすぐったそうに「こちらこそ、」と紡ぎつつも、「そんなに気を使う必要はないぞ?」なんて可笑しそうに続けてしまうのだけど、)
 
う、た、確かに…、ええと、なら潮江くんは雪降ったら何したい?
芳川菜生
芳川菜生
(周りに友人や後輩がいれば十割の確率で無理だからと突込みが入るのだろうし、我ながら高い理想だとも思うけれど、今回の予算会議―例年と違う意味合いを持つ予感が、あった。芳川がここまで積極的な意欲を見せているのは偏にスパイ活動に因るもので、それの大半は保健委員の予算をがっぽり確保すべく貢献したいと思う使命感、残りのほんの少しは、スパイの主旨から外れて不謹慎な事に、隣の彼への興味だなどと。思い至る術もない深層心理は無自覚の内ににじみ、その表情が無邪気に綻んで、)ふふ、だって潮江くんと喋ってるといい意味で刺激を受けるんだもの。いつも喧嘩してる食満くんの気持ちが少し分かっちゃった。……!…ご尤も…、ううう、生徒の保健室離れが進みそうだからだめか…、(現実は厳しいなあ、潮江くんの指摘も厳しいよ、と呟いて眉尻を落とす彼女の頭では所詮そんな発想が精々だ。そう考えると10キロ算盤が大層な発明品に思えるのだから、彼の横顔に敬意込めた眼差しを送ってみたりして―続いたぼやきを聞きとめれば、心内で会計委員メンバーへの陳謝が吹きすさんだ。余計な相槌のせいで寒空行きになったとしたら居た堪れない、「その時は皆の体が冷えないようにあったかい飲み物、差し入れするね」、そう告げたのは言わずもがな、罪悪感からである。―さらりと流れた声に睫毛が震えるほど動揺したのは、らしからぬ反応だったろう。商店街のおじさんおばさんに言われる時以上の照れくささに内心落ち着かない心地で首を捻りつつ、控えめに色づく頬も髪が隠してくれるし、寒さの所為にも出来るから幸いだ。)あは、自分じゃ想像もつかないけどねえ…、それよりも潮江くんのほうがいいお父さんになりそう。娘ができたら絶対可愛がるよね、俺より強い男でないと認めん!とか娘の彼氏に言ったりして。(適度に厳格な父親像が容易に思い浮かんでは、楽しげな微笑みがこぼれる。怖い怖いと言われながらも嫌われない所が彼の不思議な魅力であり、なんとなく自分の子供にもそういう好かれ方をされそうだと、―似合うなあと、奇しくも彼と同じ事を微笑ましい心中で思うのだ。)――え、(当然だという様子での台詞には、心底驚いた風情で見上げるまあるく開いた瞳。それから勢いよく首を振り、)迷惑だったら誘わないよ…!……うん、それじゃあお願い、しようかな。(正直そこまでしてくれるとは思いもしなかったので、戸惑いを残しつつも厚意に甘える選択肢を、それから緩々と調子が戻れば常のようにてらいなくありがとうと笑う筈―。―カイロを受け取った彼の風貌がいつもよりも幼く、どこか柔らかく見えて動悸が跳ねたのは、きっと物珍しかったからだと曖昧な儘で思う事にしよう。冗談の軽さでの言葉に、わたしは防寒ばっちりだからへいき、とマフラーと手袋を指しては毛先を靡かせる風に髪を押さえて、)いいの、ほんの気持ち、ね。それにこっち方面の委員の子いなくていつも一人だから、偶然潮江くんと同じ方向で、ほら、あれ、―役得?(言葉選びが間違っている気がしないでもないけれど、ともあれ首を傾いで暢気に頬を緩める様で、彼女がこの道程を楽しんでいる事は容易く分かるのではないだろうか。況してローファーのヒールが刻む音が彼の足音と重なるたび、自宅までの長くない距離を惜しく感じている、なんて、)
 
雪見で鍋を囲うか、体を鍛える為に外で何か…雪掻き、か?
潮江文次郎
潮江文次郎
(何が来ても負ける訳がない――根底で燃え上がる自信があるが故に、どんな言葉でも迎え撃てる心持ちでいるのだろう。相手が誰であろうと、真っ向から対抗しなければ失礼だから、なんて傍迷惑にもなり得る思惑で―それが影響していると思えば何故だかむず痒さのようなものが沸いてくるけど、それが彼女から与えられるものだから、と気付けるにはまだ潮江の意識は足りず、持ち出された好敵手の名に複雑そうに眉を寄せ、)そう言ってくれるのは芳川くらいのものだぞ。…だが、留三郎のあれはまた違うだろう。あいつのあれは…、浅からぬ因縁があるというか、あいつが喧嘩っ早いだけというか、毎度腹の立つ顔で突っかかってくるあいつが悪いというか…。ははっ、入り浸られるより、利用者が少ない方がいいことのように思うが、確かにいざと言う時にも足の向かない保健室というのは困りものだな。どうせなら行きたくなるように改装すればどうだ?(噂の人物に対して信頼はある癖に、話題に出すとつい子どもの言い分のように批判紛いを零してしまうのは条件反射にも近く、その分続く言葉は切り替え早く笑みが零れて、10キロ温度計導入よりも保健室の繁盛についてを述べれば、そうすれば予算増を認める理由になるかもしれないとの考えが頭を掠めたけど、勿論口に上ることはなく。―いつだって割りと大真面目。恐らくは、室内に篭っているだけでは仕事は捗らん!なんて尤もらしく聞こえるそうでもない理由で委員の却下も物ともせず、その思い付きは確実に実行に移されるのだろうけど、彼女の心内察する訳もなく「いや、悪いな。芳川はよく気が利く」なんて見当外れの言葉を返して。彼女の動揺に気付くこともなく、いいお父さん、なんて言葉には素直に褒め言葉として受け止めようと思ったけど、次いで紡がれるのは頑固親父のテンプレート。「そんなことは…、」ないとは言い切れないと自覚出来る分困りものだ。)まあ、随分先のことだろうし、俺もあまり想像が付かん…。身近な子どもだって1年どもくらいのものだからなぁ…。(その1年と共にいる姿を見て、父親みたいだと含まれることは何度と覚えがあったけど、彼女を慕う1年の姿を想像してみても、姉のようだ、と思う方が強いものだから、内心複雑なもので。――送ると告げれば零れた呟きはどんな意味合いを持ってか。見極めるように言葉を待って、その返答にほっとしていたなんて、無意識の緊張に気付けばそっと蓋をしてしまうのだけど、)…ああ。夜は危ないからな。(だから当然、と暗に返しつつ、気を使っているつもりはなかったけど礼が聞こえてくれば応とだけ短く返して。―受け取ったカイロからじんわり冷えた指先に熱が伝わっていくのを感じながら、いつも一人という彼女の言葉には仕方がないと思いつつも危ないなと軽く眉を寄せ―たのだけど、直ぐに驚きに解かれたのは、自身でも予想外。ぽかん、というほど大袈裟ではないけど、瞬いて、隣に下ろしていた視線を前へと逸らせば、無邪気な笑みに生じる自身の違和感からも目を逸らしつつ、)…誤解を招く場合もあるから、言葉は正しく使った方がいいぞ。こんなことくらいで感謝されるのなら、いつでも歓迎するがな。(何も気にせず冗談のような調子で、ただ感謝されることが嬉しいかのような振る舞いを。無意識に手の中のカイロを強く握ってしまっていたのは、もどかしさにも似た首筋の痒さを誤魔化す為のこと―)
 
あ、すてき!雪見でお鍋、風情あっていいなあ。皆でやりたいね、
芳川菜生
芳川菜生
(持ち出した同級生の名に彼が見せた反応は露骨で、跡が残っちゃうからだめだよと眉根に刻まれた皺を伸ばしたがる手をまたまた握り締め、ふにゃりと眦の力が抜けて喉が震えてしまう。手加減なしの彼等の殴り合いは笑える状況ではないのだけど、列挙する口調は子供が喧嘩をした時の言い訳のような、目に付いたものを片っ端から挙げていく取り留めのなさだ。これが弟だったら一発びしりと暴力反対の意を唱えるのに、言っているのが彼だと仕方がないなあ なんて思うのは、二人の喧嘩が日常茶飯事で慣れた所為だろうか。)…もう、そうやって何でも喧嘩の種にするんだから。食満くんに聞いても同じこと言いそうだなあ、同属嫌悪っていうか…嫌悪じゃないか、喧嘩するほど仲が良い、だね。(言っても素直に同意するとは思わないが、彼等以上にこの言葉が似合う者もいないと思う。続く言葉には、)ふふ、確かにサボりで来るひとには困っちゃうけど、基本は弱ってる時に来るところだから居やすい空間がいいんだよね。―改装!いいかも、保健室にある本ももっと充実させたかったの、思いきってやってみたいな。(両手を叩いて名案だとはしゃぐその顔がぱっと明るくなった瞬間、過ぎったのは、改装の為の費用を計上すれば予算も多めに取れるのではないかという打算。けれど相手の厚意に因る発言でそういう企てをするのは不謹慎な気がして、髪が跳ねるほど首を振って欲を追いやったなら、「そういえば会計室の扉、その後は順調?」と委員繋がりで偶々思い出した件の扉の調子を尋ねたのは唐突だったかもしれない。―いいお父さん。口にしてはじめて、すとん、体の中心に得心が落ちてきた。特に接点もないクラスメイトだった頃から彼を恐がらなかったのは、一種の憧れにも似た感情を抱いていたのではないか、と。父親がいたならこういうひとがいいな、なんてとても本人には言えない好感、勿論今はそう思う事もないけれど―同級生に寄せるにしては大分気恥ずかしい深層を隠しつつ、言葉に詰まった彼の微笑ましい様子にはにかんだ。)自分のことだとそんなものだよね。…でも、先生から見たら1年も6年も大して変わらない子供なんだろうなあ。学園長先生なんて、わたし達みんなお孫さん扱いじゃない?(そう考えると”お父さん”も”お母さん”も彼の言うように随分遠い話だと他人事のように思うのは、まだまだ子供の域から抜けない証――不可解な視線の揺らぎと誤解の二文字に瞬いたのは、彼といる事にではなく、互いに回り道をせずとも帰宅寸前まで彼と話せること、に役得をかけた棚からぼた餅の意味合いで―そういう方面に疎くても、違う捉え方が出来る事を察せる程鈍くはない。かあ、と顔面に留まらず耳の先まで支配する羞恥の色は、誤魔化しようがない位、)―お前には過ぎた幸せだぞ、とか笑い飛ばしてくれてよかったのに…、………律儀なご忠告 痛み入ります…。(違うと喉から出かけた言葉を、然し彼がそれも理解しているのを遅蒔きに思い至って結局情けない声を振り絞るのが精一杯、相手の些細な仕草も目に入らなかった。普段ならば此方から笑い話に出来そうなものなのに、思考回路をあまく灼く熱の所為で唇がうまく笑ってくれなく、て。そうして視線を上げられなくなり、もふりとファーの中に引っ込んだ刹那―おねえちゃん!、叫ぶ声が遠くに聞こえ、反射的に振り返った芳川は少し後ろの一軒屋の窓に姉の遅い到着を待ち侘びる弟達の頭を見つけるのだった。動揺のあまり家を通り過ぎていた事態に漸く足を止めたなら、)あ、わ!ごめん、わたしの家あそこだから、……ええと…潮江くんならだいじょうぶだと思うけど、体調崩さないようにあたたかくして帰ってね。あと――あとね、一緒に帰れて楽しかったのは誤解じゃなくて、ほんとなの。ありがとう、…気が向いたらまた歓迎して、ね。(余計なお節介を加えつつ最後は彼の言葉尻を借りて、寒さと先程の余韻で火照る相好がこそばゆい胸中に呼応して溶けてゆく。少し薄れた照れくささの中、やっと素直に唇が綻んで―白い吐息のむこう、やっと真正面から見た彼にとくりと心音が波打って示すその微かなサインに、まだ自覚は薄く――薄く。)
 
賑やかな方が温もるだろうしな。何か栄養の付きそうな鍋がいい。
潮江文次郎
潮江文次郎
(思い返せば初対面から印象が最悪だった―なんて彼女の心配も知らぬまま益々渋く皺を深める。お互い様だと何度となく注意を受け、自覚がない訳ではない。常に喧嘩しているでもなし、周囲も注意を諦めている節があり、それに対して呆れた視線が返ってくるのは慣れている。笑われてしまうことは、少ないけど、)仲っ…、誰があんな奴と。地球が割れたってそんな事態起こらんわ。(本当は仲が悪い訳ではないとは分かっているけど、ここまでこれば最早意地と呼べるだろう。それも彼女がお見通しだろうことも分かってしまうだけに、当然のように否定を紡いで、複雑そうな表情には若干の言い知れぬ照れくささが混じって。)まあ、体調が優れない時など、寝られればどこでもいい気はするがな。清潔感があって空調が整っていれば言うことはない。…本、というのは医学書の類じゃないよな?確かそれなりに揃っていたとは思うが、そもそも読まれているのか、あれは?(保健室など大怪我でもない限り足を向けることもない潮江にとってすれば、改装で本が結びつくこと自体不思議で、分からん、なんて首を傾げつつ、改装を彼女も必要経費に結びつけたことも気付かぬまま、「お蔭様でな。大掃除もしたばかりだし、暫らくはあんなことも起こらんだろうよ、」なんて、潮江にとっては情けない秘密でもあったあの後の経過を、悪戯の共犯にでも話すように、にっと笑って見せようか。―しっかりしている、落ち着いている、面倒見がいい、威厳がある。父親のようだという言葉を称賛として受け止めるなら、そんな風に幾らでも解釈出来たけど、いつも以上に釈然としないのは何故だろうか。額面通り受け取れないからこそ、きっと老けていると告げられた方が納得いったとすら思える自身は、その理由を朧気に気付いていたのだけど、今は表に出すこともなく、微かに笑んでぼかしてしまおう、)それを言うなら、俺達からすれば立派に見える利吉さんすら危うい気もするさ。…孫、か。だろうとは思うが、こんな話をしていると学園長に怒られるんじゃないか?(儂は孫を持つほど老け込んではおらんわ―なんてな。そう学園長の口調を真似て見せれば、困った人だと笑みは深くなるのだろうか。そんな風に話していられること自体、子どもの会話のように思うけど、彼女と並んでのそんな談義は、案外心地良いものだったから――誤解。その言葉を提示した時点で、少なからず潮江が期待したことを白状するにも近かった気もするけど、それだけに終わった会話は恐らく安堵とも、チリと揺れる警鐘とも、深く思い知るにはまだ隔たり厚く。)寧ろ好んで俺の所に来たがる物好きなど限られているんでな。…ああ。俺も気を付けよう。(委員会の後輩すら漸く帰路で笑みを零すようになってきたのだ、過ぎた幸せなんて思う者は想像も付かず、紡いだ調子の軽い否定。だのに彼女に届くかすら危うい小さく付け足した呟きは、きっと潮江自身も理解しないまま。何を、なんてとても口に出来るはずもなく。ちらりと移した視線の先に、朱に染まる肌を見つけたなら、逸らしたのはきっと視線だけではなく、ぎくりとしたとも近い、息苦しさ。何か話題を振って誤魔化そう―そう思い至った瞬間、耳に届いたのは寒空の下よく通る幼い声で――彼女と同じく反射的に振り返れば、それが彼女を呼ぶものだったと気付くには容易く。浮かんだのは安堵か、名残惜しさか。告げられた謝罪には思わず喉を鳴らしてしまいつつ、じわりじわり音もなく積もっていく温もりは握り締めた指先から広がって、眉尻を下げた笑みを、表情に上らせてくれるけど、)――ああ。俺もなかなかに有意義な帰り道を体験させてもらったよ。…また時間が合ったら、よろしく頼む。(淡く頬を色付けて微笑むその姿に目を奪われていながら、それを認めるにはまだ幼く。まだ誤魔化せる程度の仄かな芽は、そっと普段通りでかき消してしまうのだ、)しかし、家を通り過ぎるとは、そんな調子で予算会議を切り抜けられるのか?あんまり手応えがねぇとやり甲斐がねえだろうが。―早く帰ってやれ。随分前からお待ちかねのようだからな。(小言のように予算会議を持ち出せば、ふっと吐息を漏らすように相好を崩して、踵を返し―ふと、動きを止めたのは思い至った一つの言い残しの所為で。直ぐに下がっていた視線を上げるも、「あー…、」と珍しく歯切れ悪く。逡巡した後、重い唇を、動かせば、)…時間が合ったらというより、遅くなった時は付き合わせてくれ。大体遅くまで校内にいるから。(唐突に戻したその内容は、直ぐには伝わりづらかっただろうけど。毎回でなくとも、歓迎するのではなく、されるのであれば―そんな我侭な言い直し。背後に感じる彼女の気配に振り返れぬまま、「―引き止めてすまん。また明日な。」そう笑みを乗せて短く言い残せば、返答も聞かずゆっくりと足を進め、そのまま振り返ることなく進んでいくのか。コートのポケットに手を突っ込んで、手の平に熱を伝えるカイロを弄びながら―、らしくないと嘆息してしまうのは、渦巻く胸の内を隠すように。虚空へと溶けて消える淡い白を目で追って、見上げた星空に「寒ぃな…、」なんて喉の奥で潰した音にならない声を、揺らして――、)
 
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芳川菜生
芳川菜生
(大仰な物言いは意地の塊であっても嫌悪がひそんでいないから、犬猿の仲の二人の関係性について認識を改めるでもなく。事あるごとにそこまで張り合える相手と巡り会ったのは一種の運命ではないかとすら思うのだけれど、言えば益々眉間の険しさが増す気がしたので余計な口は噤んでおいて、)そういう事にしておこっか、……おとこのこの友情ってふしぎだなあ。(照れ隠しに近い仕草で複雑そうな表情が浮かべられたなら、これ以上追求するほど野暮ではない。腕っ節で通じるものがあるというのは女性間には中々ないコミュニケーションで、感心とも羨望ともつかぬ溜息と共に、しみじみとした呟きがこぼれ落ちていった。―どこでも、と。その単語を聞いた芳川のまなじりが迫力なく吊り上がり、頼もしい割に変なところで頓着のない彼に今ばかりは口を挟まずにはいられない―なんて、まるで後輩か弟を諭すような胸中なのがおかしなものだ。)そんなぞんざいなのは駄目だよ、体を鍛えるのとおんなじ、休む時に環境を整えるのはちゃんと体が休める絶対条件なんだから、―ね?うん、保健室に休んだり遊びにくる子たち、時間があると読んでくれているの。今は病気や健康に関しての漫画が多いかな…、(彼のいう医学書も校医の愛読書として置いてある横で、万人に読みやすいように漫画や入門書等が棚に並んでいる。あまり保健室に縁のない者だとそこまで見ていないだろうと、その疑問には納得の素振りで―彼の微笑みに触れたならばくすぐったそうに肩を竦め、「よかったぁ。…何がいつ障害になるか分からないものね、うちも気を付けなきゃ、」と共有した秘め事に対して此方も悪戯めいた綻びを広げるのだ。―利吉さん。会話にのぼったその主を思い浮かべて、確かにと、改めて自分達の幼さを知るのは学園内では下級生を纏める立場にある所為であろうと。)利吉さんもわたし達からすれば大人っぽいよねえ。…小松田さんといる時は、少し調子が狂うみたいだけど。(笑い声で付け足した後半は、だからこそ親近感が湧くのだとは到底本人には言えぬ言葉。続く学園長の口真似には一拍ののち、震える喉を通って笑い声が転げ落ちる口元に人差し指を添えて しい、なんて所作を、)―ないしょの話、ね。(一度機嫌を損ねたら中々直らない子供のような所がある人だから彼の言う事も尤もだと、話を聞かれている訳ではないのに声を潜めてみたりして、実のない応酬を楽しむ他愛ないやり取りは童のようでもあったろう。――ああ、失敗した。折角彼が流してくれたのだから過剰反応すべきではなかったと省みて、普段以上に考えなしな発言をする程に一人ではない夜道に浮かれていた事実に気付くと、色濃くなった羞恥に殊更居た堪れなくなる悪循環。だから相手が軽い調子でこぼしてくれるのには露骨に安堵を覚えて、)あ、はは…、その物好きがこうして近くにいるんだから、実は潮江くんが気付いていないだけでたくさん居るのかもしれないね。…、……?(何とか応じた声はきちんと笑えているだろうか、なんて今迄一度も抱いた事のない危惧に振り回される一方、聞き取れなかった呟きには傾いだ顔の横に疑問符が閃く。けれども彼の顔を窺うなんて今は到底叶う状況ではなく、言い直さないのだから大して重要ではなかったのだろうと解釈して問いかけなかったのは、彼の声音に過敏になっている心臓の平穏を取り戻す為だ。速まる動悸と心乱す息苦しさは留まる事を知らず、彼に面している半身が月明かりの柔らかさでじわりと熱帯びて――。―夏場は玄関前で待っている事もある弟達にとっては母代わりでもある芳川だから、多少行儀が悪くても保護者不在で落ち着かない彼等の行為を咎めは出来ずに。背を向けられる直前の彼の声に、勢いだけは一端の握り拳がきゅっと手袋越しに握られた。)だ、だいじょうぶだよ!今日はちょっと話に夢中になってたから、つい、……、…ん、そうする。(頷いて見送る―筈のその広い背が予想に反して止まったのには、何事かと様子を窺うように彼女の顔が揺れる。らしくなく戸惑いを孕んだ息のあと、やがて芳川の鼓膜を震わせたのは――結局一度も振り返らずに別れの挨拶で締めた相手に我に返り、何度も顎を引いては大きく吸った空気がやけに喉に、沁みて、)…うん…、…―うん!あ、ありがとう、また明日、…また一緒に帰ろ、ね!(見えていないのは分かっていても左右に大きく手を振って、少し先の角を曲がっていくまで寒空の下に佇んで見送ろう。踵を返して少し過ぎた道を戻り、玄関の戸をくぐった途端に飛びついてくる三つの体を受け止めながら、寒さとも羞恥とも異なる喜色の彩りが肌を染めている事に指摘されて気付くまで、もうすぐ。作り置きしておいた自分の分のビーフシチューを温めて、珍しく二人だった帰り道の事を根掘り葉掘りと質問攻めにされて困惑頻りの遅い夕飯の最中、あとでメールをいれておこうと算段する芳川の体はあれだけ防寒していても冷えきっているのに、相変わらず任務の成果は芳しくないのに―何故だか胸だけはぽかぽかと陽だまりを浴びたようなぬくもりが、彼の残像と共に、鮮やかに残っていた――。)
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