善法寺伊作と夙川希咲 

(会計室に戻る道すがら、歩調が緩むのは保健委員室の前で。)
夙川希咲(一勝一引き分け―会計委員として全く悔いの残ら無い結果かと問われれば、恐らく否。もう少し頑張れたのではないか―、思ってしまうのは、ギリギリの予算をギリギリに委員に割り振っているという会計委員の現状を身を持って知っているからだろう。中身を利用し終えて空っぽの茶封筒の束を抱えて、会計室へと戻る道すがら、此処最近の事を思い起す。色々と波乱万丈だった。何より、調査相手が何度か変わった所為で余り委員に貢献でき無かったのが一番の溜息の種か。今更言っても仕方が無いけれど、もう少し頑張りたかったなーなんて独り言を零しつつ、廊下を歩む。委員会室が並ぶ此処は余り戦いの舞台に成らなかったのだろうか、普段通りの空気が流れて居て良い意味で気が抜けつつに。ふと、立ち止まってしまったのは、保健委員の委員会室の前―思い出すのは、片付けを手伝ったその日の事だ。噂に違わぬ不運具合に驚いたのも懐かしい。ふふ、と小さな笑みを零して―細められていた瞳を軽く伏せる。浮かべる笑みは寂しげにも見えるだろうか。)…もう行く理由もあんまり無くなっちゃっなー…。(零し乍思い出すは会議前半で出会った保健委員の先輩の言葉。良ければ遊びにと誘ってくれたけれど、正直な所やはり複雑だった。余り探れ無かった上に手伝いを申し出た其処に下心は無かったけれど―やはり、結果としては似たような物になるのでは無いだろうか。小さな溜息と共に、保健委員会の部屋だと示すネームプレートから目を背けて一歩を踏み出し―。)

お疲れ様。大変だったね?薬膳茶で良ければあるけど、飲む?
善法寺伊作(捲くった袖もそのままに、ひらひらと会計委員長の残していった不正の証―薬草の名前と主な効用が記載されたそれを蛍光灯に透かす様に掲げてみる。よく調べてあるものだと感心しながら、長机の上に載せた。保険委員会でも恐らく下級生ならわからないだろうそれを発見するだけの根性と執念―やや御幣はあるかも知れないが、―に驚きつつも、流石は地獄の会計委員、と下級生の間での通り名を思い出し口角を上げる。情けない声と共に呼ばれた名に振り向けば、やはり予想通り薬は全部分けてしまった下級生に、元々そのつもりであったから用意していた薬の入ったピルケースを渡してまた校内に戻るようにと指示を出したのは、そろそろ会議も終わるからそのまま自分のクラスに戻れるようにと思ったからで。自分はと言うと兎にも角にも顧問の先生と同級生を呼び出して話し合いの場を持たなければならない。―彼女にも、悪い事をしたなんて溜息の種は尽きることを知らないのだが。それでも善法寺が胃を痛めたなんて噂が出ないのは、彼の性格が意外と図太いからだろうか。必要書類を取りに自分も保健委員会の委員会室に向かわなければと保健室に不在と張り紙をすれば施錠し、寒さに捲くった腕を元通り伸ばしながら―)あれ?夙川さん?なにやってるの、こんなところで(こんなところ―保健室及びその周辺、保健委員会委員会室前に好んで来る人は多くない。理由は簡単至ってシンプル。『巻き込まれたくない』からである。特に、備品が多くしまってあると噂の委員会室は、誰が通ってもその都度掃除をしているという、ほぼ事実に等しい噂が流れている位だから―以前彼女が掃除を手伝ってくれたことを思い出し、「今日は特に何もなってないと思うよ」なんて首を傾げながら、兎にも角にも室内に入る為、必然的に彼女の方に歩み寄るのだろう)

…や、薬膳茶…って苦そうですけれど、……美味しい、ですか?
夙川希咲(其処まで強いお誘いだったわけも無かったし、確かに保健委員で出されるというお菓子に興味はある物の、其れを気まずさと天秤に掛けて迷いはするがお菓子に傾くほど欲求に素直なわけでもなく、だからきっと予算会議が終われば続く数日の多忙な時期に置いて自分と保健委員の距離は広がり―もう此処に踏み入れる事もきっと無いだろう。そんな思いで見上げていたプレートから目を逸らして、会計室へと戻ろうとした所で―聞こえて来たのは、つい今しがたまで脳裏を掠めていた相手の声。思わず驚いて―といっても一般的にはゆっくりと言われる速度で―振り返り、)…、善法寺先輩、…あ、いえ、会計室に戻る途中で…(自然、彼の外傷状態を確認してしまうも、思いがけず無傷な様子を見れば瞬きを繰り返してから表情を緩めて。)……お怪我が無さそうで良かったですー。色々な所に作法委員の罠が在ったから気になってて…。(そして被害を受けて居たのが保健委員に多く見えたと言うのも含めて。其の深い意図は無かったが捉え様によっては深読みも出来るかも知れない言葉だったかもしれない―夙川としては心から安堵して居る事は、其の表情から窺えただろうけれど。茶髪を揺らす傾きの際に告げられた言葉を、前回の手伝いに絡めた冗談の様な場を綻ばす物だと捉えれば軽く肩を揺らし。)そうですねー、流石に体育委員の皆さんも今日はバレーボールで遊んでる事は無かった見たいですし、(保健委員会室から遠退き掛けていた足は自然とその場に留まって、何気無く彼の動きを目で追った視線は其の侭窓の外へと向けられる。青空が夕日に成り掛ける青とオレンジの混じり合う空に走る白い雲。其の色の元、未だ最後の戦いをと駆け巡る生徒の影だけがグラウンドに伸びていて、呟いた言葉は先程よりは小さかったが、距離の縮まった相手にならば十分に届く距離だったか。)…もうすぐ、後期の予算会議も終わりますねー…、私達はまだ今からまた予算の組み直し等があるかも知れませんけれど、善法寺先輩達は一旦お疲れ様ですね。楽しみにして居て下さいー。(今日のやり取りを元に恐らく組み直すだろう予算―自分が保健委員の先輩相手に一勝した事を踏まえると何処まで保健委員が優遇されるのかは分からなかったが、兎に角今は、労わる様な台詞を向けた―。)

あはは…お客さんにはそんなの出さないから大丈夫
善法寺伊作(ズボンのポケットを探し回った挙句、三つ目の鍵が漸く刺さった保険委員会委員会室。がちゃがちゃと鍵を開けようと奮闘しながら彼女の話を聞いているのは、開けようにも立て付けが悪いのか運が悪いのか、なかなかうまくいかなくて。あれぇ?なんて困惑した声を上げながら、とりあえず一度鍵を抜いてみて―)会計室かぁ…あそこの戸もだっけ?なんかすごくたてつけ悪いところあったよねぇ。(近い内に留三郎を呼ばないと、なんて呟きながら戸に手をかけると、がらりと戸は開いて。つまり鍵が閉まってなかったのだということを確認すれば困ったように、またへらりと笑うのだろう)怪我?―あぁ、作法の。……一応、そこまで酷いのはないかな。ありがとう(平然としているのはいつもの事だからと流しているから。普段から似たような目に自然現象としてあっているから。冬服を着ていると見えない所に幾つか怪我はあるのだけど、彼女の様子ににこりと笑って留めるだけにして。処置済みという点では確かに無事であるから、余計なことは言わずに於こうと)そうだねぇ…ただそろそろ会議も終わるから、予算が通らない腹いせにって校庭に出だすかも知れないね(気をつけないと、とのんきに、開いた委員会室の中の、更に置くにある窓を眺めながらぼんやりと、サッカーボールが飛んでこなければ良いと具体的な不運を思いながら、思い出すのは会計委員長の持っていた封筒の中身で―)―あぁ、そうだ、聞きたかったんだけどさ、文次郎の持ってた封筒の中身って、夙川さんが?(良く調べてあったね、と不正を暴かれたにしては朗らかな笑顔を浮かべるのはあの書類を作り上げた人物は多少とはいえ薬草の知識が出来たのだから喜ばしいことだと、前向きに解釈しながら―とはいえその分は確実に、そしてもっと引かれるだろう予算に溜息をつくしかないのだが。どうやりくりしようかなぁ、なんて予算が少ない前提で呟けば、踏み入った委員会室で足元を転がる雑巾に足をとられ、思い切りすっころぶのだろう)

あ、良かったですー。…薬膳料理の噂は度々耳にするので…。笑
夙川希咲(中々開かない様子の扉と格闘する様子に少し心配する様に眉を下げる。戸惑うような声には、「可笑しいですねー。」とつられて不思議そうに首を傾げ。会計室も立て付けが、と告げる彼には同意し乍数度頷き、思い出すのは自身の委員会の扉)確かに開くのに少し力がいるかもしれないですー、けれど一応は、開くかな…?偶に苦戦するので、食満先輩に来て貰わないとって思っては居るんですけれど。(恐らく予算会議が終わってからになるのだろう。返事をし乍、何気に扉を開ける彼の姿を目で追い――何の問題も無く扉が開いたのを見れば、思いがけずに目を瞬かせてしまった。へらり、浮かべられた笑顔には、つられて思わず似たような笑みを浮かべて返してしまった。――そんな様子は全く見え無かったのだけれど、彼の口振りからしてどうやら怪我らしい怪我もしている様で。)………釈迦に説法だとは思いますけれど、お大事にしてくださいねー。(思わず苦笑いを零し乍そんな事を告げてしまって。――会議が終わるからと告げられた言葉には、思わず窓の外に目を遣り、)―…そうですねー…軽く見て回っただけですけれど、体育委員は結構敗戦してるところが多かったですから…、流石に予算決定案は今すぐは出せませんけれど、…大体、結果が分かっちゃう所はありますから…、(気をつけて下さいねー、と続け乍何となく、気をつけても何かが起こりそうな雰囲気は、感じしていた。委員会室の中へと入り乍問われた言葉には、きょとりと瞳を瞬かす。先程まで自己嫌悪して居た通り、夙川が自分の行った事が予算会議に有利に働いたとは思えずに、三つ網を揺らして首をかしげたのなら、)…私ですか…?、いえ、私はあんまり…本当に、役に立ててなくて。…潮江先輩や先生に報告したのは、温室で栽培してる葉っぱの種類とか量とか―…そういう、簡単な事だけだっだんですけれど…(それですか?と問い乍。何故だか何処か浮べられて居る朗らかな笑みに、申し訳なさ気に下がっていた眉が意図を変えて疑問を浮べる。―彼が委員会室に入るのなら自分もそろそろ、と廊下を見遣った所で聞こえてきた派手に転倒する音に、思わず其方を振り返る。)わ、わ、善法寺先輩!?……だ、大丈夫ですか?(膝を床について問いかける―心配そうに覗き込みながら、脳裏に過ぎるのはあの日の事―スパイ暦の余り長くなかった夙川にとってはそうでなくとも、クラスメートや友人達の様子が可笑しくなった、あの日。確かあの日もこうして、彼の心配をしたような気がする。デジャヴに襲われ乍、「―…何だかこの間みたいですね、」なんて薄っすらと笑みを浮かべた。)

あぁ…うん、それは、まぁ、必要に駆られてというか、ね?
善法寺伊作(ガタガタ揺らしても叩いても動かなかった理由は、施錠されていないからという簡単な顛末。鍵を持っているのは委員長と顧問。しかし備品が居るのならば一年生でも鍵を借りて行くのだから犯人の特定は難しいし、しても無駄だろう―どうせ、鍵をかける前にトラブルがあったとかそういう話が出てくるに決まっているのだから聞くだけ無駄なのだ。今度は気をつけないと、と小さく呟いて)留三郎も中々忙しいからね…委員長は何処も大変だねぇ(やれやれと、笑うのは彼女が五年生で、来年はその『大変な』委員長になる可能性もあるからか。人事のように言うのは自分が既にその役職についていて、状況に慣れきっているからか。現実問題として、結局慣れだと言う結論に達するから。怪我だって何時もの事だし、特に気にしていなかったのだが、言われれば確かに自分がちゃんとしてないと他の人にも注意は出来ないのではと―良くクラスメイトに言われる、医者の不養生そのものである善法寺は、苦笑を返して)会計員もね。多分、これから荒れるだろうから。(保健も良い結果は残せそうにないしなぁ、小さく溜息とともに吐き出した多少の弱音は、恐らく前のように全額カットは無くとも大幅に下がっているだろう予算を思ったからで。他の委員も同じように削られているのは知っているが――兎にも角にもどうにかしないといけないから、また薬膳料理と言っては期限切れの薬を売りさばくのか)―ああ、うん、それだね。良く出来てたよ。結構上手に隠してたんだけどね。必要経費じゃなくて趣味だろうって、その分は確実に文次郎に減額されるなぁ(さっき保健室で会ったんだけど、かいつまんでその場の状況を話せば偉い偉いと笑顔で。保健委員以外にも、あの薬草園に興味を持つ人が居れば嬉しいと、その一心からか。)あはは、大丈夫大丈夫…そうだねぇ、じゃあそろそろ小平太がサッカーボールでも打ち込んで来るかも知れない(窓は開けておこうかな、立ち上がり窓に手をかけ、開いた瞬間に予想通り当たるサッカーボール、善法寺の顔を強打し尚勢いを殺さず棚にがしゃんと突っ込んで――沈黙の後、床に座り込んだまま笑い始めるのか)

美味しくて沢山食べたくなる薬膳料理とか、あればいいですねー。
夙川希咲(会議戦準備中に何度か、会計委員長だったり体育委員長だったりが学校の備品を用具委員の必要な状態にしてしまったのを見掛けたりもしていて。中々に忙しいと用具委員長を称するのは確かに正解だろうと夙川も納得していた。何処か他人事の様に委員長の大変さを語る具合には、「善法寺先輩も大変そうですよー」なんて笑い声を零そうか。一体其れが委員としての大変なのか、彼自身の持つ特性故の大変なのかは、境界線が曖昧な所だけれど。夙川がその委員長になるかもという可能性を匂わせる発言にはのほほんと気付かぬ侭に―)……覚悟しておきますー。(希望予算を削る自身の委員長、抗議する他の委員長、そんな図が善法寺の言葉を受けて鮮明に脳裏に描かれる。正に荒れると云って違い無い其の状況は否定出来なくて、ゆるり、首を傾げて笑おうか。力無い其れは基本的に平和主義である夙川の、気苦労を帯びた笑みになっていそうだったけれど。保健委員会に関しては、夙川も芳川を相手に封筒を突き付け、動揺させてしまった物だから、減額に対して溜息を吐くのが良く理解、出来て。申し訳無い、そんな表情で苦笑いを浮かべた。――委員長と彼の保健室での対決の大体の流れを理解すれば、然し、浮かべられるのは困ったような笑みに尽きる。委員長が決めた事に反論する程の気は無くて、)…たぶん、善法寺先輩の薬草栽培は、必要以上に見える所がありますから…。それに、皆さんとっても自由に予算希望書を提出されるので、潮江先輩も大変なんだと思いますー。偶に、削るのが趣味なのかなーと思う時もありますけれど。(最後、ネガティブな空気を軽くするためなのか冗談交じりの台詞を告げて。偉い偉い、まるで下級生を褒める時の様な言葉には照れくさそうに頬を染めた――。嫌な予感、とでも云うのだろうか。窓際に寄ったらその分サッカーボールを引き付け兼ねないと、付き合いのまだ浅い夙川でも察する事は出来た。しかし、声を掛ける前に開いた窓から飛び込んできたボールが善法寺へとぶつかり。其の侭棚へと激突する様子を、何も出来ないまま見ている事しか出来ずに。カタン、と一つの瓶が倒れ、笑い声を零し始めた善法寺に、声は掛け辛くて、きょろきょろと周りを見回してから、)……あの、善法寺先輩………、だ、大丈夫ですか?凄く、良い音がした気が………(矢張り出来るのは心配する事だけだった。恐る恐る、笑う彼を覗きこみ乍生傷の絶えない先輩だなー、なんて事を考えて。―必要ならば起き上がる彼に手を貸し、そして彼が激突した所為で必要以上に散らかった室内を整える手伝いを、本日も申し出るのか。会議戦が終了する鐘は確か先程鳴っていた筈だから、此れは経費を削ってしまった会計委員の罪悪感からでは無く、不運を呼び寄せ続ける先輩を手伝いたいと思う、夙川希咲として。出来れば。片付けている最中にそっと、「また遊びに行っても良いですか?」と雑談に紛れこませた問いかけを一つしたくて。――次から次へとハプニングが重なる彼の周り。日が沈む前には、校門を潜れれば良いのだけれど――。)


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