。+゚☆゚+ 星 降 る 夜 に +゚☆゚+。

。+゚☆゚+ 立花仙蔵 & 小野原夏帆 +゚☆゚+。

(冷え冷えと澄んだ空の下、道中に伸びるは二つの影―)
立花仙蔵
立花仙蔵
(何か意図があっての事だと言うのは、なんとなく、おぼろげに理解している。それと言うのも初めてまともに会話したあの昼休み、顧問がどうのと零した彼女自身が説明してくれたようなものなのだが、当の本人はそれに気付いていないようだし、以後幾度となく交わした言葉は勘繰るのも馬鹿馬鹿しくなりそうなほど真っ直ぐな物ばかりだから、立花は下手に疑る事を止めたのだった。例え誰相手でも何かを企まれていようものなら返り討ちにする自信は、あるのだし。――故に彼が彼女からの接触を無下にする事はなく、また姿を見かければ此方から声を掛ける事も度々あり、今回は前者の延長で届いたメールに校門前で待っている旨を添えて了承の返事をした。紺生地のストライプマフラーをワンループに、元々寒がりではないからグレーのPコートを羽織れば充分暖を取れる。やって来た彼女と共に歩き出し、その隣、見える旋毛や笑顔が随分と目に慣れたものになっている事には何とも言えない心持ちで、)お前達も遅くまで活動していたんだな、お疲れ。…この時期はどの委員も残っているから、遅い時間帯に集団下校しているみたいだな。(眇めた目を周囲へとやれば、見知った顔がちらほらと居て。まだ学園を出てすぐの歩道だから同校の者の姿が見えるのも当然といえば当然か。自転車で追い越していく友人に別れを告げつつ、ふと頭を過ぎった事柄―あまりに自然に二人で歩き出したからそういえば彼女の帰路を尋ねるのを忘れていたと、彼にしてみれば不覚としか言いようがない事を思い起こせば、冷えた空気に溶ける息が彼女の苗字をなぞり―)小野原の家は学園から近いのか?それなら送ってやれるのだが、(男友達ならまだしも女友達を一人帰すのは少々気が引けるもので、幸い彼の家は学園から徒歩三十分も掛からないから、彼女を送るべく遠回りしても充分帰れる距離だ。もしバスだったら本数が少なくなり始めているだろうこの時間帯、愛車―普通自動二輪の免許を持っている彼は姉のお古のVTRを貰い受けていて、専ら交通手段としている―で送るのも此方としては構わない算段で、此処まで歩を進めておいて今更の感がある疑問を露わにしよう、)
 
寒いとお星様がきれーに見えるってゆーよね!ホントなのかな?
小野原夏帆
小野原夏帆
(人気のない校庭をまっすぐに校門に向かって突っ切る小野原の白いマフラーが結わえた髪と共に後ろに靡く。白いコートと制服のスカートの裾を翻しながら走る、そのほっぺたと鼻の頭は寒さで少しだけ赤い。案外とシンプルな趣味のマフラーとコートに反して、可愛らしさを添えるもこもこした手触りのうさぎの形をした耳あては、先日友人がくれたものだ。毎日、そしてお世辞にも慎ましいとは言い難い、飛んだり跳ねたりな生活を送っている所為か少しヨレヨレになってしまってはいたけれど、その分気に入ってる事は見受けられるだろうか。委員会で疲れているにも関わらずの疾走の理由は、メールを送ったのは自分にも関わらず、汚れを落としたり身なりを整えていたりしたら少し時間を食ってしまったから。無駄に広い敷地を駆け、校門へとたどり着けばきょろきょろとあたりを見回す必要もなく、夜目の利く瞳は彼の姿をとらえて。)立花くん!ごめんねごめんね、待たせちゃった。(それなりの距離を走ってきた割には息の乱れが薄いのは、普段の委員会のお陰とも言えよう。お疲れ、と言葉を掛けられれば嬉しそうに表情を緩めて、立花くんもお疲れさまー!と言葉を紡いだ。ちらほら疎らに見える人影をつられる様に目で追いながら、名前を呼ばれれば「うん?」と立花の方を見上げ、)近いよー!あんね、こっち行ったら商店街あるの知ってる?それのね、真ん中よりちょっと行ったところにね、お饅頭屋さんがあるの。(両手で右を指さしたり左を指さしたりと地図を描くように説明を重ねて、最後は「そこがおうち!」と言う言葉で締めくくった。ジェスチャーの必要性はともかくとして、自宅の場所を告げるには十分な説明だったろう、それ。うまく説明できた満足感からにこにこと緩んでいた頬は、二歩進んだところで少し引っ掛かり、もう一歩踏み出す時には眉が下がり、そろっと見上げる瞳はうかがう様な視線で。)立花くん、どこまで方向一緒かな?もちっと、一緒に帰れそ?(この話題を切り出したという事はそろそろ立花くんの家は近いのだろか。学校外で彼を調査した事は無かったから、自宅まで知り得ておらず。送ってくれるの単語が分かれ道までだという意味の解釈は、正に先ほど話題に出た集団下校の時の感覚だ。普段は一人で帰る道なのだから、怖いとかそういった感情を抱いているわけではないのだけれど、なんだか少しだけ 勿体なくて、)
 
ああ、理由は色々あるが本当だ。今なら流れ星も見れるかもな。
立花仙蔵
立花仙蔵
(塀に寄りかかっていた背を離したのは、金色の髪に白のコートという全体的に色素の薄い出で立ちの待ち人を逸早く見つけたからだった。駆け寄ってくる彼女の呼気に乱れはなく流石に委員会で鍛えられているだけあると些か感心しながら、第一声の謝罪にはちらりと口端に静かな笑みを乗せて、)そうだな、少し冷えてしまった。だが構わんぞ、どうやってお前に暖めてもらおうか考えていたおかげで退屈は凌げたのだし。(にっこり、思ってもいない事をいけしゃあしゃあと紡ぐ意地の悪さは多少なりとも相手に親しみを感じているからこそと繕っても、あまり褒められたものではないのも確か。とは言え、温かい飲食を奢らせる気もなく、耳あてを奪う気もなく、況してその体を抱き締めて暖を取ろうという気もなく―女友達に対するからかい方は、一応彼なりにしていい事とならぬ事の線引きがされている― 一頻り彼女の反応を楽しんだなら「冗談だ、」とあっさり種明かしをしよう。待つのはあまり得意な性分ではないけれど、体育委員ならば活動で体が汚れるのは火を見るより明らかだから身支度を整える時間を要するのも理解している、特に言及するつもりもなく彼女に歩調を合わせて――話を聞く限り、どうやら彼女の家も学園から遠くないようだ。相槌を打ちながら彼の脳裏には商店街周辺の地図がえがかれていて、身振り手振りを加えての説明で大体の位置を把握する事が出来た。それなら家まで送れそうか―思った刹那、視界に入ったのは先程と打って変わって明るさが鳴りを潜めた面持ちだったから、自然と傾いだ顔で窺ってくる視線を受け止める事となる。)…私か?商店街に入る前の十字路を左に行って暫く歩いた先のマンションだが…、小野原の家はそんなに遠くないようだし、家まで送ろう。不都合があればせめて近くまでは、な。(今更遠慮はするなよ、と先手を打ったのは自分が付いていながら女の一人歩きを見過ごすのもなんだという他、―まだ別れるのは惜しいと認める程には、彼女の事を気に入っているのだ。街灯と月明かりが照らす夜空に小さく息を吐いて、それが白に溶けてゆくのを見送りながら、)それにまだ、私を誘った理由を聞いていないぞ?(―理由なんて、本当は気にしていない。彼女の気紛れだったとしても、それならそれでよかった。万が一用件があるのなら聞くのも悪くないという、正にそれこそ気紛れで、微笑みを湛えてみせた。)
 
流れ星!普通の夜に流れ星みれると、得したよな気分になるよね。
小野原夏帆
小野原夏帆
(浮かべられた笑顔に安心した次の瞬間には告げられた言葉で慌てる―というのは、もうすでに何度か繰り返されたやり取りかもしれないにも関わらず、小野原は全く未だに毎回その笑顔につられてぱあと表情を明るくしてしまう。そして今回も変わらず、笑顔と共に告げられた言葉は予想外で、思わず「ぅえぁっ!?」と言う叫び声と共に何故か背筋がぴしりと伸びて。)…ぅえ、で、もさっき水で洗ったトコだから、指つめたいの!いつもは温かいんだけど、今は…、あ、でも、まって!ね、えぇと…、(数瞬は背筋を伸ばしたま申し訳なさそうに弁解のような言葉を紡ぐのだけれど、つまりは立花くんは寒いんだ!と気づけば、寒いと愚痴を零す後輩にやるように自身の防寒具を分けようと、両手は耳のうさぎに添えられた。取り外し易いそれを両手で外そうとした所で、冗談だ―と明かされる言葉。思わず頭上に?をいくつか浮かべてしまった。余りにも軽く告げられたそれに、おもわず聞き間違いかと少しだけ耳あてをずらしてから、「寒いのん、大丈夫?」と問いかける事にしてー。―商店街を入る前の十字路を左に…と、言葉を小さな囁きで繰り返し、)えーとそしたら、十字路ま……ぇ、あ…、わぁ ほんとう?不都合無いよー、うれしいよー。(頭の中の地図で別れ道を模索していたからだろう、思わず足を止めて立花を見上げれば、跳ねかねない勢いで喜びを露わにした。先手を打たれたその言葉も今は嬉しいだけで、うん!と頷けば少しだけ足取りを弾ませた。歩きながら少しだけ横を向いて、ふぁーっと息が白いのを改めて確認して喜んだりしていれば、軽い調子で問われた言葉。「あ!うん、あのねー、」と、最初の出だしはまるで普段通りだったのだけれど、そこから、珍しく返答を考え込むように口を噤む。最初のきっかけは確かに第三者からの提案ではあったのだけれど、唆してきた友人はあくまでも調査の延長線で彼を誘えと告げたのだから―それをそのまま伝えるのに、戸惑ってしまう。ええとね、なんて分かりやすく困ったような色を声に乗せ、)…立花くんだから、一緒にかえろーって 思って。(道が暗いからか視線は前に続く道から外さぬまま、照れ笑いにも似た笑顔を浮かべる。外側に持った鞄の振り幅が少しだけ大きくなるのは、分かっていてホントの事を少し隠した嘘への、小さな罪悪感からで―。)
 
運がいいのか目敏いのか、だな。残念だが私は見た事はないんだ。
立花仙蔵
立花仙蔵
(―飽きない反応だ。恒例化しつつあるこの流れ、然しいつも律儀に引っ掛かって上げられる奇声を気分良く聞いた立花は、雷に打たれたように真っ直ぐ伸びる姿勢に笑みを噛み殺す。こんな切り口は、騙す内にも入らない。なのに此方の台詞を真っ向から受け入れる彼女を見ると、もう少し慌てる様子を見ていてもいいか 等と思ってしまうのは、彼女には内緒の話。)温かかったら繋いでくれたのか?―……小野原、末端は冷えやすいのだから気を付けろ、罅割れやすくなるぞ。(前者は揶揄を込めて、そしてかろやかに掬った片手の指先が思った以上に冷たいのには、静かに瞠目を。子供体温という単語が当て嵌まりそう―本人の言う”温かい”が触れずとも納得出来る程―な相手の指先と己の其れからじわりと混ざる冷えた体温に軽く息をついて暫く、冷たさが気にならなくなるまで熱を与えられたら漸く離そう。耳あてを外そうとする手を止め、疑問符を飛ばした儘うさぎと耳との隙間を少し作って問いかけてくる彼女には、一度頷く事で意思表示した。人並みの寒さは感じるが震える程でもないし、)冷えていないのは今証明しただろう?それにそのうさぎはお前に合っていても、私には似合いそうにないよ。(小さく微笑んで己の耳を指して、冗談、を裏付ける証拠を揃えて―別にうさぎだろうが猫だろうが気にせず装備出来る立花だけれど、ぽっと色づいている鼻や頬を見ればわざわざ防寒具を奪う理由も、ない。―止まった足で飛び跳ねかねない彼女の様子に、口角が宥められるのは無意識だった。)では、責任持って家までエスコートさせて頂こう。…、普段遅くなった時は友人とでも帰っているのか?(目的地を彼女の自宅へと変更して先程告げられた地図を展開しながら道を辿り、他愛ない疑問を舌に乗せて商店街へと景色は移り――その素直さで地雷を踏んでいる事に本人が気付いていないのに此方が察するのは、話題が話題だけにすっきりとしない心中である。弾むような口調が急に沈んでいくのは、まるで色鮮やかな花がしおれてしまうような。あからさまな困惑が告げたのは嘘を言っていなくとも真実全部を明かしてはいないのが自明で、うまく隠せばいいものをと苦笑が禁じ得ない。理由なんて気にしていないのだから、―そもそも彼女が”何か”を携えて接触しているのは知っているから今更振り回されるつもりもなく、前を向いているその幼げな顔の側面を一瞥した。)…そうか。ならば私も小野原と帰りたくなったら、メールで誘っても構わないという事になるな、(実際にするかは別として、彼女のそれが罷り通ったなら立花が同じ事をしても構わぬ道理であろうと。少しおかしい様子には素知らぬ振りで軽い綻びをその唇に乗せたのは、気遣いだったのか、それとも彼なりのちいさな歩み寄りか―、)
 
見たのは林間学校だったかなあ…。都会じゃ中々見れないのかも?
小野原夏帆
小野原夏帆
(マフラーに巻き込まれて跳ねることのの無い髪のかわりに、少し長く余らせてあるマフラーの裾がぴょこりと揺れ。温かければという前提での繋いでというその問いにはどこか自慢げににひりと笑みを浮かべれば、「教室ではひっぱりだこなんだよ!」なんて体温のぽかぽか具合の良くわかる台詞を零す。真冬の小野原は人間懐炉として重宝されている事に慣れている為か、笑顔に戸惑いは特に見えずに。)―……あっ、うん!次からは気をつける!(反応する間もなく鞄を持たぬ手が取られれば、自分よりも暖かいその指先に思わず驚いて、まじまじと重なった手の平を見下ろしてしまった。ワンテンポ遅れて、教師からも返事だけは良いと言われる素直さの現れた受け答えを。じわりじわりと熱を奪っていく指先が少しだけ申し訳なくも感じるのだけれど、必要以上に熱くない温かな体温が心地よくて、暫くは甘えて指先を休ませさせて貰う事にした。立花くんの手あったかいなーなんてぼんやり考えていれば指先が離れていくのは直ぐだろうか。残った温かさを確認するかのように指先がぐーぱーの動作を繰り返すのも数瞬、思い出したかのように左右温度の違う指先は耳あてへと伸びた。―耳あてが似合わないと言われてから、このうさぎを立花が装着したところを想像してみる。てん・てん・てん・と一瞬の沈黙の後は、遠慮無くぷはぁと笑い声を零して。「立花くんはうさぎっぽくはないもんねぇ、」なんて笑いながら続けた後は、ありがとうの言葉と共にうさぎを耳にはめて―。)んんとね、遅くなったらアタシたちは下級生を送る事のほーが多いかなあ…。手分けしてね!1年生とか、へとへとになっちゃってね、帰り道で寝ちゃうんだよー。(可愛いんだよーとにこにこ思い出し笑いで機嫌を良くしつつ。だからこそこうして言葉を交わしながらの帰り道と言うのは中々に珍しく、必要以上に楽しげなのはその所為もあるのだろうか―。―…夏帆は嘘が下手だ。というのは幼い頃からそれこそ耳にタコができるくらいには聞いてきたことだから、小野原に強い自覚は無いとはいえ、先程の問いを上手に誤魔化せたとは思ってはいなかった。大丈夫かな。嘘っぽくなかったかな。本当なんだけどな。詳しく聞かれないかな。―、後ろめたい事があるとどうしても思考が普段は大丈夫だろうと思う事まで考え過ぎてしまう。何と言われるか読めない次の一言を、薄暗いままの前の道を見やりながら待って…、―ネガティブだったから。余計に。かけられた言葉には思わず目を大きく瞬かせて、分かりやすく予想外の事に驚いて立花を見上げた。そして数拍ー、何故とかどうしてとかそんな質問が頭を巡る前に、ふにりと表情を緩めて嬉しそうな笑みを浮かべて、)―…っ、うん!だいかんげいだよー!(垂れたまゆと寒さだけでなくて少し色づいた目じりでしっかりと一度頷く。駆けてきた時と同じ様にマフラーの端がゆらりと弧線を描く程までには大げさな動作ではにかみながら、くすぐったい様な気持に軽く肩を竦ませた。)
 
かもしれんな。俗説だが、願い事を三回唱えてはみたか?
立花仙蔵
立花仙蔵
(にこにこと他人の暖になって手を繋いでいる彼女―生憎とクラスが異なるからその現場を目にした事はないのだけれど、想像するのは容易かった。それならカイロでも持つなりした方が効率的だろうに、思う彼はむやみやたらに人肌に触れる事を好まない人間だからである。スキンシップの多い彼女にこの類のからかいは通じないようで、動じない笑顔に毒気を抜かれて「人気者は大変だな、」と緩く肩を竦めた後、他者の熱に軽々しく近寄らないくせに彼女の指先を取っていた己の矛盾に気付いて―眉宇の間に力が入ってしまうのは、彼女に気付かれない程 密やかに。)…にしても、今日もこの寒空に出て活動してきたのか、(勢いのいい返事に満足すれば、既に解放した彼女の指の冷たさが単なる寒さではなく、汚れを洗い落としてきたが故にだと知った上で、体育委員長である友人の風の子体質は本当に変わらぬと薄い笑みをはいた。それに付いて行ける彼女も六年間所属しているのは伊達ではなく、本当は此方の些細な忠告も必要ないだろうに、つい口と手が出てしまうのはなんとなしに放っておけない存在として近くに居る、から。例えるなら近所の家の動物に興味本位で手を伸ばしてそのまま絆されてきたような、そんな色気とは程遠い胸中で思いを馳せて―沈黙の後の噴出に、)おや、こう見えて案外、構ってもらえんと寂しくて死にそうな位に弱るかもしれないぞ?(なんて、兎が寂しさで死ぬ事はないと知っていながら悪戯めいた瞳で首を傾ごうと。帰り道で上級生が同じ方向の下級生を送っていく光景はよく見られるが、疲労で眠るのは体育委員ならではかと納得していいのか呆れていいのか、どちらともつかぬ感情が柔い吐息と一緒に落ちた。)成る程、そうして年々免疫がついて最終学年で小野原や小平太のようになるのだな。…確かに可愛いのも分かる、私も茶会序でに勉強を教えてやっている時、転寝した一年を起こすのが忍びなかったものだ。(結局下校時刻まで起きなかったから耳に息を吹きかけて目を覚まさせてやり、真っ赤になって慌てる彼に追い討ちをかけるよう何度も繰り返しては五年生の彼女に窘められたというオチがついているのだけれど。それなら誘いを受けなかった方が体育委員下級生は嬉しかったのかもしれないと思いつつ、こうして言葉を交わす陽の落ちた帰路を堪能している自分を自覚しているから、形だけの詫びを心内に、彼女の隣を陣取って歩を進めていくのだ。――、ほら、矢張り彼女はそういう顔のほうが断然似合う。萎れた花が再び花弁を開く様を目を細めて見やり、そうか、と満足気な声音を夜風に溶かし、月夜のほの暗い月明かりの如き静かに冴えた微笑みを刻んだ。そして徐に一歩分挟んで隣にいる彼女の手を優しく取ったなら、)……―寒くなった。お前の手、借りるぞ。(碌に冷えていない体温でその台詞は信憑性が低いけれど、指摘や抵抗が来ようものならその笑顔で有無を言わさずに跳ね除けて、通り道故に知り合いの多い商店街通り、軒下から光をこぼして遅くまで営業している店が見えるのは仕事帰りの者が多く通るからだろう。掛けられる声には「あら立花くん、いつの間に彼女作っちゃったの!」と明け透けな物もあり、可愛いでしょう、と平然と答える彼の歩調は相変わらず淀みない。―笑顔の次は驚き慌てる顔がいい、それだけの為にこういう事をしてのけるのだから、立花の”気に入った者ほど弄りたい”は相手に申し訳ないくらい筋金入りだ、)
 
ううん、嬉しくて、わー!って思ってる間に消えちゃった!笑。
小野原夏帆
小野原夏帆
(人と触れ合うという事自体を好む小野原は、年中を通して基本的に他人とのスキンシップが多い。夏場はその体温故に疎ましがられているそれが、冬場は一転して重宝される―だから、小野原としては人気者と言うよりは構って貰えているという認識の方が強いのだろう。きょとりと不思議そうに瞬きしてから、「そうかな?」なんて緩く首を傾げてみせる。立花の手が離れていった自分の指先に未だに視線を向けたまま、じんわり残った熱を逃さないかのように、何度か開閉した後はそっと指先を丸めて大切に握りこんだ。)ん?うん、そだよー。あ、でも寒いのは最初だけかな?動いてると暑いぐらいだから!(活動が活発な日は汗をかく時もあるのだと何でもない事のように続ける小野原は、最初は女子の枠が余っているから。次は去年もやっていたから―と今年で6年目の体育委員。他の委員会の活動を体験したこと無く聞いた事があるだけだから、元々の短絡思考も相俟って自身の委員会方針に疑念を抱くことも無くて。些か逞しすぎるかも知れない発言すらも、自覚のないまま。寂しくてなんてウサギを引き合いに出された例え話を聞けば、浮かべられた笑みを違えることなく軽く前髪を揺らし、)でも、立花くんには潮江くんも作法委員の子も いるから、もしもうさぎさんでもきっと大丈夫だよー。(きっと寂しがる暇もなく、それこそ人気者の引っ張りだこなんじゃないだろうか、なんて想像に容易くて―。―会話から垣間見える彼の委員会での様子は、自分の所とは随分色が違う様に聞こえるけれど、やはり5つも離れた下級生はどの委員会でも可愛いのだろう事は共通して本当なのだという事は感じ取った。告げられた範囲以上を小野原が知る由も無く、すうすう寝息を立てる1年生と隣で見守る立花―の図までしか脳内には描かれずに、だからこそ真実とは結末の違う穏やかさに、「ついつい甘やかしちゃうもんね、」と、へにりと頬を緩めた―。)…うん、ほんとに嬉しいなー。アタシも、(次は自分で。と小さく誓った言葉は息に交じって音にならず。白い息が夜に交じる間に、揺れていた手を掬う様に拾われて、)―…え、あ、…った、立花くん?(驚いたように指先が一度跳ねて、同じように跳ねあがった顔が立花を見上げる。純粋な驚きと疑問しか含まれない声色で名を呼べば、返ってきたのは―小野原からしたら、ごく自然なー笑顔で。思わずつられてぺかっと笑顔を浮かべてしまう程度には心が緩んでいた。繋がった手の温かさにそんなに差のない事に少し遅れて気づけば、繋がった手をじいと見下ろしつつ、立花くんは寒がりなのかなあ、なんて平和な事が頭を過る。歩き慣れた商店街だからこそ無防備に、彼の隣りを歩いていたのだけれど、)っぅ、ぇええ!おばば、おばちゃん!?えっ、ちが、 まっ…、も、立花くんまで!!(掛けられた声に思わず足を止め顔見知りの女性を振り返り、そして重ねられた言葉に彼の方を振り返る。ぴょんぴょんとつられて左右に揺れるマフラーの端は忙しげに、そして内心の動揺を表わすかのように暫くは背中で揺れて。そういう事、に疎いからこそ考えもしなかったからかいの言葉を受けて漸く、手を繋ぐ事がどう見えるのかを認識し―、息を飲むのと同時に桃色を通り越して赤く頬を染める。立ち止まった足は繋がれた手に引かれる様に一歩を踏み出して、けれど一歩半遅れた距離を縮める事の出来ないまま―。家まで後は明るい一直線の商店街だから、手を離してココでいいよって全力疾走すれば家までの距離なら逃げ切れる自信もある。なのに。普段繋いでいる1年生の小学生らしさの抜けない大きさの変わらない手じゃなくて、包むのではなくて包まれる手の大きさに居心地の良さを感じてしまうから、それを実行できない。離すべきと繋いでいたいの合間でどうしようもなくくるくるする瞳は平時よりも水っ気を帯びて細められ、結ばれた口元は恐る恐る そうっと開き、)…おばちゃんたちの、情報網は、びっくりするくらいなんだ よぉ、立花くん…、(目を合わすことができず―、そしてちらりちらりと視界に入りこむ繋がれた手を直視しないようあわあわと左右に視線を揺らしながらの声色には、照れと、なぜか感じる申し訳なさと、動揺と困惑と驚きと―、それに少しの嬉しさが交ってしまっている事には、気付かない。真っ直ぐすぎる言葉の受け取り方しかできなくて、宵時の冗談だと流せないままに。)
 
ふふ、お前らしいよ。咄嗟に願い事、というのも確かに難しいか。
立花仙蔵
立花仙蔵
(人好きのする彼女に自覚がないのは、想定内。不思議そうに瞬く仕草に肯定でも否定でもなく穏やかに目を細めたなら、「見かけるといつも誰かしらとじゃれているぞ、尻尾を振って」―己の肩口をちょいと指して彼女のふたつに括られた髪を尻尾と称している事を示すは、まるで子犬の事でも話しているかのような口振りだった。)逞しいというか頼もしいというか…、楽しいならそれに越した事はない、か。小野原が他の委員に行ったら些か時間を持て余すと思うぞ、六年間体育で正解だったな。(他の委員もそれぞれ個性が強く中には厳しい活動を慌しくこなしている所もあるのだろうが、単純に肉体的疲労の観点でいくと体育委員に勝る所はない。況してこの冬の盛りの日々に外で汗を掻くほど体を動かすなど、相当の運動量である。それを厭わないどころか当然の如く話せる彼女に、完全に染まっているのだな、としみじみ実感して―彼女の口から真っ先に上がったのが友人の名に、あいつは私が兎になっても容赦しなさそうだと実現不可能な仮定に対する詮無き溜息が、声音に紛れてひそやかに滑り落ちた。)まあ、あの学園に居れば寂しさなんて到底縁がないものだからな。野良猫にすら構いたがるような者ばかりだし。(そういう賑やかさに惹かれ、或いは過剰に可愛すぎて生物委員管轄の動物は脱走騒ぎを起こすのではないかと疑りつつ、兎になって友人後輩に構ってもらっている己を想像してはやはり似合わないと首を振ろうと。そもそも寂しがる自分すら想像つかぬものだったとは今更なので、畳んで仕舞っておく事にして。―頬を緩める彼女の脳内では此方の台詞通りの穏やかな想像図がえがかれている事だろう、それを察するに充分な台詞には頷きをひとつ。実際は飴と鞭を使い分ける男であったとしても、今明かさなくてもいい事であるから、「弟か妹でも出来た気分になるよ、」とあながち嘘ではない感情を吐露して微笑むのだ。――あたしも、の続きは立花の知る由もなく、それを問いかける代わりに跳ねた指先の逃げ道を断つように己の掌へと閉じ込めた。彼女の驚きはすぐに立花の笑顔に絆され、やがて字面その儘を受け取って体温を分け与える為に甘んじてくれる。あまりに簡単に事が運ぶから、己の立場を棚に上げて彼女の危機感の薄さ―少々大袈裟な物言いだけれど、それが足りていない事は誰が見ても賛同するだろう―を保護者でもあるまいに危なげなく思いながら、静かな夜の気配に華を添える賑わいの道を辿るふたつの足音。隣に並び立つ事に躊躇しなかったその体が露骨に反応を見せたのは、直後―言った本人にとっては好奇心、立花にしてみれば他愛ない勘繰りでしかない言葉が、然し彼女にとってはそれだけでは済まなかったよう。ただ狼狽するだけなら「つれない事を言うものだ、」と肩を竦めてみせるのだけれど、立ち止まって振り向いた彼女の顔色が、困惑の果てにすみずみにまで鮮やかな朱色が散ってゆくその一瞬、どうしようもなく目が奪われた―なん、て。それはきっと虚を衝かれた所為なのだと言い訳めいて眇めた瞳で進行方向を向き、繋がった手を軽く引いて止まっている足を促した。変わったのは隣に在った筈の足音が一歩半遅れている事、変わらないのは、指を絡めてもいないただ握り締めただけの掌のぬくもり。気まずいとは思わないが若干調子を狂わされた感が否めず、そんな雰囲気の中 着々と彼女の家が近づいているその時、)………、(戸惑いも露わな声に速度を落として彼女の横へと並べば、そこに潤む瞳を見つけて、胸に広がる充足感に彼の口元は微笑ともつかぬ仕草で、小さく、緩む。)そうだな、肯定したつもりはないんだがあの様子だとすぐに噂が広まりそうだ。―さて、どうしようか。手を離すのが手っ取り早くてもまだ寒くて離し難いし、…困ったな、(もしも彼女の視線が上がったなら、今度こそ口端を上げてちっとも困っていない風情で弧を描く立花がいるのだから、相手の言わんとする事を汲んだ上での返答にしては悪趣味に相違ない。勿論彼女の家が見え始めたら家族に配慮して解くつもりのその指を、寒さの所為にして繋ぎとめて―ゆらゆらと揺れるふたつの影の繋ぎ目は、目的を達成して尚、彼の意思で境界線を作らないでいる。星明りを両手の中に閉じ込めるような覚束無さで、触れる指先に じわり、仄かに灯るは、心地好い熱―)
 
それに凄く早く消えちゃったから、早口得意じゃないとかなあ。
小野原夏帆
小野原夏帆
(尻尾の例えが何を示すのかその素振りから察すれば自らの髪を見やるように少し首を傾けた。今はマフラーに巻き込まれたそれが揺れる様を客観的に見た事は無いけれど、尻尾と言われても大きな違和感がないのは犬っぽいと称される事に慣れているからか。それよりも、むしろ自分が相手を観察するべき立場であるにも関わらず、気づかないうちに相手の視界に入っていたという事実を初めて知った事の方が、少しだけくすぐったかった―。)あはっ、かなかな?これでもちょっぴし他の委員にも興味はあったんだよー、生物委員とか!(体育委員が押し付けられなければ立候補しようと思って居た位には興味があったのは本当で。それでも今となってはやっぱり体育でよかったと思える程には充実した毎日を送っているのだけれど。「立花くんは無かった?」なんて問いかけながらも、なんとなく、作法委員長で無い彼というのは想像し難かった。―、あの学園に居れば、と置かれた言葉には迷いの無い仕草で頷いて、笑顔を浮かべる。きっと誰がうさぎさんになっても大丈夫、と、そう感じる程にあの場所は心地がよくて。彼の緩く振られた首の理由に確信が持てはしなかったけれど、何となくいくつか理由が想像できて。楽しそうに唇は弧を描いて、白い息に笑い声が軽く乗った―。薄茶色の柔らかい秋の色が似合いそうな作法委員会の様子が小野原の中に描かれていく。彼以外の誰かから委員会の様子を聞けば自らの持つ印象との差に驚く事となるのだろうか。どちらにせよ仲が良いのだと言う印象は変わらないままだろうけれど―。―例えば、こうして手を取ったのが、名前と顔程度しか知らない相手だったとしても恐らく小野原は敵意さえ感じ取らなければ笑みを浮かべたまま不思議そうに相手の出方を待つのだろう。人懐こいや友好的という言葉を選べば長所になる短所を危なげに思われているなどと言う事には全く気付かぬまま、小野原の意識は少し逸れて、繋がった指先へとほとんどが向けられていて。普段繋ぐ女の子のものとも、委員会で触れ合う委員長のものとも違う、それでも ああ立花くんだなあと感じさせるその温度。ぬくもりを逃さないように、手の平を覚えるように、そうっと、指先に力を込めて―)―……だ、だって、…か、…ぁ、わ…わ…、(大きく開いた瞳は視線が絡めばそのまつ毛を微かに揺らし、果てし無くどうして良いのか分からずに動きすらを止めてしまう自分とは対象に普段通りの相手に、さらに恥ずかしさが募る。かわいい、なんてシチュエーションが違えば言われ慣れているそれすら、違う色を帯びて聞こえてきて、その音に染められるかのように耳までを薄く染めたのは、可愛らしい兎に阻まれて夜空に晒される事は無かったけれど。自らが紡ぐ言葉は、後半、動揺と共に揺れ震えて口内で溶けた―。―何も言わずにただ手を引く彼の真意がつかめなくて すこし不安で、そして何故自分がここまで動揺しているのかその大前提な理由から混乱している小野原は頭上に疑問符を浮かべたまま、一歩半後ろを付いて行く。着々と縮まる家への距離に、何か言わなくてはと口を開いたり閉じたりを数度…、漸く発した声の最初の音が掠れかけていた自覚も無いままに―。―少し前を揺れていた繋ぎ手が傍へ、一歩半前を歩いていた彼が隣りへと。直に広まるという彼の意見には概ね同意で。きっと明日の放課後ぐらいは一番楽しげに話が弾んでいるときだろうか。「…アタシ明日もこの道通るのに…。」なんて困惑した声で呟くのは、明日の帰り道に一人歩いていたら先程の女性を始め商店街であっちこっちと呼び止められるだろうのは想像に容易いからだ。何を聞かれても、答えなんてまだ持ってはいないのに―。―良くも悪くも人を疑う事や裏を疑る事のない小野原は言葉を字面通りに受け取るのが常の事で。だから告げられた彼の言葉も言葉通りに受け止めて―でも、”困った”という単語から連想した迷惑だったかも知れないという不安とは対照的に、見上げた表情は十分な笑顔で。どちらが本当なのかなんて、考える前に感じた。一方的に握りしめるだけじゃなくて、お互いの意思で離れていかない指先は、信ずるに値するぬくもりを帯びていたから―少しだけ一歩進んだ我儘が心を掠めて。)…もし、立花くんがよかったら!、だけど、よかったら!、……も少し、温まってって、ほしー…、な。(くるくる迷子になっていた視線は最終的に窺う様にそうっと隣の彼を見上げ、隣を揺れる繋ぎ手をわずかに自分の方へと引き寄せた。視線が合えば、先程よりは動揺の色の薄い、照れの混じった笑みを浮かべる。自分でも驚くぐらいぽかぽかと頬や耳が熱いから、そこに添えられた色を容易に想像できてしまって、マフラーと耳あてがあってよかったなんて感じつつ。ほんの少しだけ歩調が緩くなった無意識は、周りの店並びから、自身の家までそう距離がない事を悟ったからか―。)
 
…早口、意気込む余り早々に咬む姿が思い浮かぶのだが。(真顔)
立花仙蔵
立花仙蔵
(―自覚も認識もない、と甘い事を言うつもりはない。誰よりも一番己が己を客観視し、把握している立花だから―自らその姿を探しに行かずとも、ひとたび視界に入れば流していた視線を彼女に留める事をする程度には気に掛けているのだ。以前ならばそのまま風景に溶け込んでいた筈の、基本的なプロファイルしか知り得なかった存在に対する明らかな変化に気付いている、認めても、いる。それを仄めかす言動を隠し立てしないのは疚しいところなどないからであると、半ば己に言い聞かせるように、)ああ、年がら年中脱走騒ぎを起こしている生物も退屈はしなさそうだ。伊賀崎が入ってから一層酷くなった気もするが…、……私か?火薬委員に興味があったぞ。何故だか土井先生に門前払いを受けて作法に流れたが、楽しく過ごせているし結果的にはよかったのだろうな。(何故だか、なんて誤魔化しながらも理由は明白、「強力な火薬武器を作ってみせます、そんなことで委員会なんてもう呼ばせません」と宣ったからである。一年時も他と比較すれば思慮深い所は目立っていたが、年齢に似つかわしいやんちゃさも持ち合わせていたが故の正直な発言だ。今ならばもっと巧くやれたものを、思う彼は、手先の器用さと深い造詣で何かを作り上げる事に楽しみを見出せるので、その能力を発揮出来る場として作法が性に合っていたからこそ五年間在籍の末に六年目の委員長を引き受けたのだけれど。”もしも”でふと考えてみても、己と彼女が同じ委員にいる所は思い描けず、見つからない接点の中でこうして隣の位置を明け渡している事を今更ながら不可思議な縁だと思わずにはいられなくて――何がしたいのか、問いかけてみても断言できる回答が見当たらないのは、驚く顔が見たいだなんて最早建前に成り下がってしまった証拠に他ならない。立花は同校の者相手ではないが色恋に人並みに縁があったけれど、そういう時のスキンシップと一緒にしたくは、なかった。かと言って、何か事情があって近づいてきている彼女の思惑を逆手にとって振り回してやろうと悪辣に思うでもなく、―羽毛に包まれる快い軽さで指先に力が込められれば、応えるように柔らかな体温を手中に一層閉じ込めて。伏せた双眸に二人の繋ぎ目が映り、果たしてこれは性差意識のない友人が仲睦まじく歩いているように見えるのか、或いは先輩後輩に見えるのか、それとも何度か掛けられた言葉のように―そんなふうに誰の目にも違和感なく見えているのだろうかと、何気なさを装った小さな疑問は胸のうちで渦を巻いた。そこから意識が掬い上げられたのは、澄んだ空気に混じる、珍しく言いよどむ声を拾ったから―)………嘘を言ったつもりはない。可愛いよ、お前は。(街灯の眩さにあっという間にとける、静謐な囁きをひとつ。耳あての直ぐ横の頬があまく色づいているのを横目に、限りなく主観的な見解は相手に追い討ちをかける羽目になるかもしれないのだけれど―真意を悟らせない言葉達の中、どういった対象として向けた物なのかは暈かしつつも、そうして密やかに本心を織り交ぜよう。例え明日の井戸端会議の話題の一つにのぼっていても立花にとって都合の悪い事はないから、隣の困惑した様子には前髪が微かに揺れる程度にそっと首を傾いで、「責任を取って盾くらいにはなってやるさ」と微笑むのだ。実質明日の帰路を共にする提案は、実行すれば質問攻めから救えても噂に真実味をプラスするという面では解決策には至っていないので、身の振りようは彼女の返答次第。―離して欲しい、その一言があればいつでも解く準備はできていた。重なる体温が厭われていないのは握り締めてくれる掌で一目瞭然だし、思った以上の彼女の反応を堪能した今 惜しむべき要素はないというのに、――随分と可愛らしい申し出は、反則的ですらあった。一瞬の瞠目のあとに照れくささの余韻が鮮やかに残る笑顔を向けられて、緩やかに疼く熱に琴線が爪弾かれるような、そんな感覚で欲が頭を擡げたのは見過ごせないほど明瞭に。僅かに引き寄せられた掌を一度ほどいたその指が、否を許さない速さで今度は彼女の指に絡んで、繋ぐ、)…もう少しとは言わずこの冬に重宝したいくらいなのだがな、―お言葉に甘えて、遠慮なく。(漸くしっかりとかち合った視線に柔らかく口端を上げて、いつしか彼の歩ものんびりと速度を落としていこうと。防寒具に隠されて尚明るみになっているかんばせの色に、「…赤い。大分あたたまってきたか?」と告げる口調はどう聞いても笑みを含んでいるから、その理由が分かっていて問うているのは彼女も察せられるだろうか。―彼女の企みに素知らぬふりを通し続けてここまで縮まった距離は存外悪くなく、恐らく今日と同じ調子で明日が重なるのだろう未来予想図にこぼれた感慨は、真っ白な呼気に掻き消される。添い合った掌とほやんと広がる笑顔と別れる目的地まで、路地に伸びる二人の影が隔たる事はないのだろう。そんな星降る夜の、帰り道――。)
 
かっ…!……ま、ずに言えた事も、一応、あるよ!…たしか!
小野原夏帆
小野原夏帆
(生物委員と希望を告げて納得された最初の理由が脱走騒ぎに関したものだなんて、理解されていると取るべきなのかそれとももう少しイメージ改善を試みるべきなのか分からない。しかしその理由が確かに自分が生物委員を希望する理由の一環を担っている事は否定できず。バレー中に見かけた、楽しそうに蛇やら鶏やらを追い回している彼らに交じりたいと思った事は一度ではないから、素直に同意するよう頷いて。一層酷くと称されたそれは確かに恒例のハプニングだ。思い出し笑いと共に楽しげな笑みを浮かべて、)ジュンコちゃん!伊賀崎くん毎回泣きそうだもんね、探してる時。……火薬委員かあ…、…土井先生?へぇえ、意外!土井先生って断るんだねえ…。うんうん、そだなあ…、作法委員長してる時の立花くん、楽しそうだもん!(火薬委員―と言われてぽいと自分のクラスの火薬委員が思い描けないのはやはりこれと言った活動をしている姿を見かけて居ないからだろうか。暈された門前払いの理由は知らず、だからこそ不思議そうに首を傾げる―千里に久々知くんに斉藤くん、思い出せる火薬委員の生徒は問題児とは言わずとも個性が強く、だからこそ立花の様な生徒は重宝されそうな気がしたのだけれど――と、ぽつぽつ考えるも、首を捻っている間に“ま、いっか”なんて結論になるのは、元々考えるのが余り得意ではないのと、今の彼が楽しそうだからという理由が大きい。うんうん、とまるで自分の事のように幸せそうに頷いて、結果的に良かったなんて結論に同意をして見せた―。――フェードアウトしていく言葉は上手く音に乗らない。言いたい事があり過ぎてどれを選べばよいのか分からなくて、でも言葉にしようとするとどれも不相応に思えてしまうのだ。褒められるのは嬉しくて、好きだった。だから、自分に対する好意的な意見はどれも満面の笑みと共に受け取ってきた筈なのに、状況と相手が違うだけでどうしてこうも笑顔が浮かべられないのだろうか。ひんやりと頬を撫ぜる空気が冷たくなったと感じるのはきっと、先程よりも頬がぽやりと熱を帯びているからで。他に意識をうつせない今五感は不要なほどに冴えていて、普段ならば聞き過ごしそうな秘めやかな声音さえ拾ってしまう―声が聞こえて居た事は、指先に力が籠った事でバレてしまうかもしれないけれど、数拍は声を置いたまま。まるで聞こえて居なかったかのように反応のない数秒は、小野原にしては頑張って何か言おうと考えていることからくる沈黙で。拾っては捨てて拾っては捨てての言葉選びが難しく―)…………ぅ、…れしい、で す、(少しして選んだ音は単純な数音―、最後はまるで疑問符が付いていたかのように半音上がった。五線譜に綺麗に整列せずに、動揺も露わに上下に跳ねていた音だけれど、嬉しい と、言ってしまえば少し楽になったのか、困った色の強い表情の中に 薄く重ねる様に笑みが混じって溶けた――。盾に―という言葉を受けても、なんだか状況が改善されそうな様子が思い描けない。むにりと寄せた眉は未だに下がりきったまま、ぅえとうぇと…と暫く頭を巡らせた後に導き出した「…ちゃんと、立花くんも、誤解ですって、言うんだよ、」という―小野原の―最善の策を紡ぐ声は何処か説得力に欠ける力強さしか持ち得ておらずに――。あったかくて、でも恥ずかしくて、だけどもうちょっとだけど繋いでいたい。心情を分かり易く反映させる表情は正確に気持ちを映し出す―、言葉を告げた瞬間から返事を待つ間に芽生える小さな不安も、指先が離れていく隙間を縫った様に滑り込む冬の空気にざらりと緊張した事も、先程よりもくっついた指先に心臓が跳ねるタイミングを間違えたのではないかと思った事も、きっと、正確に。迷う様に、触れるか触れないかを行き来していた指先を改めて繋げば、立花の言葉に緊張の溶けた笑みを浮かべてみせる。軽く肩を揺らして繋がった手をゆらり揺らせば、一人分じゃなくて少しだけ重たいそれにまた、夜に笑顔を溶かして、)……立花くんが寒がりさんでよかったー。(ほわり白い息と共に零した声は水滴が掠れるのと同じ様何も残すことなく消えていく。暖かいだけなら下級生の手の平はぽかぽかと暖かいけれど、触れた所からの温もりだけで無くてふつりふつりと湧いて来る、ぽかぽかした提燈の様なおぼろげな温もりは、下級生と繋いでいる時には感じない。無自覚に緩んだ歩調に、彼が揃った事も小野原の中ではどこか自然と落ち着いて。暖める為か冷ます為か―へたへた頬を抑えていれば、楽しげな声色で問われるひとつ。商店街の店並みに揺れていた視線は一度だけ真上の星の間をめぐってから立花へと降りる。笑みから推測したからかわれている、なんて事実も分かっていても上手な返し方なんて一つも知らない。ただぱちりとまつ毛を揺らせば、)…、あと、ちょっぴり!(照れもなにも隠さぬまま、けれど手を繋いでいられる方が大事にしたくて、笑顔から零れたのは遠回しの否定の言葉だった。――きっと暖かいかなんてただの口実で、小野原自身ですらそう少しは感じているのだから、気付かれていないはずがないと、思っている。それでも確かな理由を告げないのは、指先だけが絡んだこの距離が今は心地が良いからか。―1日にしては十分すぎるほどのものを受け取ったから、手を離す時は寂しくはないだろうと。そう思えるからこそ、それ以上歩みが遅くなることも無く。少しずつ静けさを伴い始めた商店街に響くのは、歩幅の違う二組の足音。夜闇にほどけていく音の終点まで もうすこし―。)
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