。+゚☆゚+ 星 降 る 夜 に +゚☆゚+。

。+゚☆゚+ 千曲若葉 & 綾部喜八郎 +゚☆゚+。

(学園を離れてしばらく。町の賑わいが足元を明るく照らして―)
千曲若葉
千曲若葉
(澄んだ空気は絶好の観測日和。冬生まれということもあってか寒さに強い自身だから、今日みたいな張り詰めた寒さは明るい街中でも肉眼で見える星がたくさんある―そんな風に気分を上昇させて、弾む足取りの理由は頭上遥か上空だけに限ったものではなく、一生懸命歩幅を合わせて隣を歩く彼の表情を盗み見れば、浮かぶのは当然のように何も考えていないような緩い笑みで。)――それでですね、この間も、学園長室に隠してあったお菓子が行方不明になって、みんなで探すことになっちゃって!折角お茶の準備もしてたんですけど、結局学園長が食べちゃってたのが分かったのも、日が暮れてからだったんですよー。(彼と待ち合わせ場所で落ち合ってから、会話が弾むというよりも千曲が一方的にどうでもいい話をしている状態が続いていたのだけど、それもここ数日で何度か見られた光景かもしれない。先日言われた通り、何度か彼の様子を覗きにいってはちょこちょこついて回るという彼の迷惑省みない行動も多々あったけど、下校に誘えと言われた時はびっくりしたし、何より絶対に断られると思っていただけに、今の状況は予想外には違いない。のだけど、基本的に考える範囲が狭い千曲は、相変わらず任務も忘れて純粋に彼との下校を楽しむことに頭が切り替わっているのか。)あ、私こっちの道通るの初めてです!あやべ先輩はいつもこっち通ってるんですか?…綾部先輩って、いろいろ寄り道とか知ってそうな感じがします…。(―とはいえ緊張がない訳ではなくて、幾らか多くなる口数は普段どおり元気なようにも聞こえるけど、やっぱり内心そわそわしてしまって。質問の後に漏らした感想は神出鬼没な印象から、実際はどうなのかなあと丸い瞳を瞬かせて。)
 
さむい。さむい。地球温暖化は嘘だったの?さむい。
綾部喜八郎
綾部喜八郎
(『3分後昇降口で』―誘い文句の並んだメールに綾部が返したのはその7文字。了承の意図を全く伝えない文面だったけれど、意図は十分に伝わった筈。メールを受信したときにはすでに昇降口にいたー、普段なら3分といえば3分でとっとと足を外に向け始める綾部が、それでも5分7分程度までなら待っていようと扉に背中を預けたのは気まぐれに過ぎないのだろうか―。―寒いのには強かった。けれどそれと同じぐらい寒いのが嫌いだった。制服と同じように少しサイズの大きいコートは十二分に綾部を温めていて、ぐるぐると巻きつけたマフラーは口元まで存分に覆っている。その所為でしゃべることも儘ならず、元々千曲の話に綾部は口を挟もうと試みはしないけれど 普段以上に無口に、彼女の隣りを歩いていた。最低限の相槌も時たま頷く程度で済ませるような、そんな帰り道。ふと話題が一方的なそれから質問へと変われば、漸くに顔をあげて。質問をかみ砕くように二度瞬いてから、選んだ道を見て、そして後ろを振り返る。今自分の立っている位置を確認したなら、ポケットに突っこんだままだった防寒のされていない指先で前を指さし、)たこ焼き。(そして少し振り返って後ろを指させば、)肉まん。(と食べ物を二つ並べた。それからワンテンポ遅れて千曲の方を見下ろせば、「どっち?」とシンプルな問いかけをしようか。彼女からの質問を堂々とスルーする受け答えだったけれど、一番最後の印象からくる台詞は間違っていないと、そういう事を伝えるには十分な反応だったかもしれない。)
 
寒いですけどでも、あったかい冬って、へんな感じがしませんか?
千曲若葉
千曲若葉
(返ってきたメールを不思議そうに見つめていたところ、それを覗き込んだ委員仲間から、「早く行かないと先帰っちゃうんじゃない?」なんて言葉で漸く理解が追い付いて、そこから猛ダッシュしたのは言うまでもない。実際3分と経たない内に到着して、少々上がっていた息はもう落ち着いたけど、しっかり巻いたオフホワイトのマフラーの隙間から、髪が変な方向に跳ねてしまっているのはその名残だろうか。いつもより口数の少ない彼が、寒いんだろうなあというのは想像に易く、機嫌は悪くないかな?迷惑じゃなかったかな?と浮かぶままに彼へと頻繁に視線を移す。思い付くままの話題が一方的だとは気付いておらず、それが問いかけへと変わったのは偶然だった。立ち止まった彼が指す先を、くるりくるり瞬きながら素直に追えば、一拍、置いてから、ぱっと分かりやすく表情を咲かせて、びっくりマークが嬉しそうに頭上に煌めいたことだろう。)たこ…っまん!(たこ焼き―そう言いかけてふと、思い出したのは、彼が先日食べたばかりだったような、なんて記憶。だったら違ったほうがいいかな、とまとまらないまま、それでも千曲にすれば瞬時に頭を働かせ―結局新しい食べ物を作り出してしまった。返事だけは歯切れよかったけど、それでは返事になっていないことに気付いて、下手くそなファイティングポーズのように両手に拳を作れば、その手を不安定に揺らして慌ててオーダーの訂正を、)どっちも好きですけど、えっと、…あやべ先輩は、今どっちの気分ですか?(寒い日は暖かいものは何でもおいしく感じるから、どちらも惹かれるのは本音に違いない。だからついつい彼の好みを窺ってしまって―、)
 
しない。夏ぐらいとは言わないから初春ぐらいの暖かさは必要。
綾部喜八郎
綾部喜八郎
(慌てて駆けてきたんだろう事が分かる息や髪の跳ね具合。それらを一瞥してから口を開けばついたのは労いの言葉ではなく「こんばんは、」というごく普通の挨拶の言葉で。校内だからと緩ませていたマフラーを確りと巻けば、合図も無く歩き始める。元々そう歩幅の広い方ではないから、気を使ってゆっくり歩くなどと言う事はしないのが普段の事で、今日もむしろ寒さの所為でちょこちょことした歩調は少し早目だったかもしれない―。―前か後ろか。前後を指さしていた二択の指先は、選択肢にない回答をはじき出されたことによって綾部の前でバッテンの形に交差することになり。)たこ焼きをまんじゅうの中に入れた画期的な食べ物はまだたこ焼き屋にもコンビニエンスストアにも置いていないからダメ。(言い間違いだという事を理解した上で、間髪入れずに茶々を入れる。口調が全くそれっぽくなく、平常時よりもさらさらとした音が淡々と紡がれる所為で、冗談を言っているとあまり相手に伝わらないのが普段の綾部の会話ではあるのだけれど。どちらも好きだと綾部の意見を求めてくる相手をじいっと見下ろし、)………、……じゃあ肉まん。(千曲の発言を自分の好きな方を食べに行こうという意味だと捉えた綾部は、そう告げるとおもに足先をくるりと反転させる。ひゅうと吹いた風が軽く頬をなぜて、口元のマフラーを引き上げる。寒い―と恨めしく呟いた言葉の割に足取りは変わらぬまま、真っ直ぐ数メートル、角を曲がって数メートルのコンビニへと向かおうか。コンビニ独特の明るい光が大きくなってくれば、「種類があるけど一つまでだから。」と、冗談とも本気ともつかない声で隣の彼女へと述べて―)
 
あー、過ごしやすいですもんねー。でも、雪が降らなくなります!
千曲若葉
千曲若葉
(こんばんは!と元気よく返せた彼に対してはめずらしい挨拶が嬉しくて、何故だか胸がむずむずするような喜びに似た不思議な感情が芽生えたけど、足早な彼についてぱたぱた歩き始めたなら、ほんの少しの照れくささの正体を探ることも忘れて無意識に頬を緩めた。星の輝きに見守られながら歩く道はどきどきする。―わくわくと言ったほうが正しいかもしれないけど、今はどきどきの方が勝って、舞い上がって答えたどっちつかずの物に出来たのは、ばってん。ぱちぱち、瞬いて返答を聞けば、そんな答えを出してしまったことも相俟って、しゅんとしてしまうのだけど、)あぅ、わ、……はい。ごめんなさい…。(言い間違いだとも言えず、ダメと言われて条件反射のように謝罪を告げ、だけど何だか冷静にツッコミがもらえた―と千曲は感じた―ことが新鮮で、噛まないように気をつけよう、そんな見当はずれな決意を新たにしながら、どっちの気分かと問えば、彼の口から出たのは肉まんとの指定。)―はい!(やっぱりたこ焼きって言い切らなくて良かった、なんて思いながら、嬉しそうに返事をして、またぴょこぴょこ後を追いかける。「今の時期は、あったかいのがおいしいですよねー」と同意を求めているともいないともつかない口調で述べて、やっぱり隣を歩く彼と比べれば、自身は連日の外での夜更かし経験のお蔭か嘆く程寒いとは思わなかったけど、防寒していない頬や耳は冷えてきていて、―それでも、その寒さすらも楽しくて。ガラス張りの出入り口から突き抜ける明かりを見ながら、隣から聞こえた言葉の意図は、千曲は掴みかねてしまうのだけど、こくこくと頷いて返答しつつ、コンビニの中へと足を踏み入れようか―)はあい。晩御飯前にたくさん食べ過ぎちゃったら、だめですもんね。―綾部せんぱいって、あんまり食べ物の好き嫌いってない方ですか…?(冷たい空気が遮られた暖房の効いた店内で、ふと思い付いた問いかけは決して弱点を探る為なんかじゃなくて、割りと何でも食べそうだなあと思い至ったからだろうか。入り口付近の棚に並べられた期間限定のスナック菓子に目を落としつつ、何にしようかなあと頭では既に考え始めていて。)
 
別にかまわないんだけれど。…千曲は雪が好き?
綾部喜八郎
綾部喜八郎
(ぱたぱたと後ろを付いてくる千曲の足取りに合わせれば良いのにと言うのは、校内で綾部と千曲を見かけた者ならば感じるだろう。それ程綾部の足取りに迷いはなく。―ただ何度かそれを注意されたとしても一向に改善しないのは、面倒臭いというよりもこの少し頑張っている千曲の歩調の方が見ていて面白いからという、やはり自己中心的な理由だったりするのだけれど―。ブブーという効果音が聞こえてきそうなまでの素早い却下。意気消沈する彼女はここ最近見慣れたものになってきたから、声に出さずに頷いておくだけに留めておいた。肉まんが良いと踵を返す綾部に対して嬉しげな声を上げる千曲とは対照的にアップダウンの無い表情のままてしてしと道を踏みしめる。マフラーで籠もるのだからと放棄した相槌は音がなく、微かに上下する顔だけが理解と同意を見せていたか―。―足を踏み入れたコンビニエンスストアは、当然ながら暖房がばっちりと稼働していた。漸くの温かさに口元まで覆っていたマフラーをずらして指先をぴょこりとコートから引き出しつつ、)そうでもないよ、食べる事は嫌いではないけれど。(そうでもない―という生温い表現には相応しくない程の偏食家であるという認識は周囲にもあまり浸透していない。ひとえに嫌いな物を決して手に取らない上に好きな物なら体に似合わずの量を食べる大食漢であると言うのが綾部の偏食ぶりが露呈しない理由だろうか。暖かさのせいで気が少し緩んだのか、ふあと欠伸を零す。あつい、なんて我儘をポツリ呟いて首元を確りと覆うマフラーを軽く緩めた。ふと千曲の視線がレジ横の肉まんよりも先に傍の棚に向いた事へと気づけば、ついと指先はレジとは反対のラックの列を指さし、)ほかには?(と、問いかける。何か買いたいものがあれば、急くわけではないのだからという意図も込めての問いかけ。綾部には特にこれと言って欲しい物はなかったから、千曲に何か買物があるのならば今までの道すがらとは反対に彼女の後をついて歩く心づもりで―)
 
はい!雪が降ると沢山遊べますし、それにきれいじゃないですか?
千曲若葉
千曲若葉
(慌てて彼の後を付いて行きながらも、千曲にとってその行動は苦ではない。彼が嫌ならそれこそ対面を果たしたあの日のように穴に落とすなり撒くなりして、こうして後ろを歩くことも許してくれないんじゃないか、なんて都合のいい解釈をしていたりするものだから、伺いはするけど、このままで許されている気がして。緊張感があると言えばあるし、ないと言えばない。矛盾しているけど、きっとどちらも正解。ふわふわ浮かぶ足元は、スパイなんて始めから関係ないみたいに、体験したことがない気さえする掛け合いが、すっと胸に収まっていく心地良さがあるから。「毎年変わった中華まん多いですよねー。去年はぶたさんとかいましたよ!」なんて、また自身から他愛のない話題を零して。―じんわりと、室内の温もりが冷えた頬に熱を戻していく。急激ではない変化に小さく安堵して、問うてみて返ってきた答えにしぱりと睫毛を揺らす。その返答が意外でもあり、妥当でもあるように思うのは、彼について、まだ知らないことが多すぎるからか。)へえー…。そうですよねえ、お昼とかも、結構たくさん食べてましたよね、綾部せんぱい。…いつも食べる為の寄り道…?(調査を続ける内に、昼に覗きに行ったり直接話しに行ったりは、何度かあった。その時に、思い返してみれば高頻度で目にするものがあった気がするけど、それが偏食だと気付けぬまま、何となく、嫌いではないとうより、好きなんだろうな、なんて勝手に解釈すれば、繋がって問うたのは、普段の寄り道が、という主語の抜けたものだったけど。嫌いなものより好きなものが気になる、なんて最早ただの個人的興味でしかないだろうに、そんな自覚もないまま、やっぱり質問が多くなってしまうのも、直せないでいて。そんな中指されたラックは、指先を辿ってぼけっと見つめてしまう。示す先を思えば今の自身の見つめた先がバレていたのだろうけど、)…は、大丈夫です!…期間限定のお菓子、もう苺とかあるんだなあと思って。お店に入ると、用がなくても見ちゃったりするんですよねー…。(気遣いに対して暖を取ろうと残ることも思い浮かばず、「お金もそんなにたくさんあるわけじゃないですし、」なんてへらりと笑めば、もう一度大丈夫ですよありがとうございますと繰り返して、促すようにレジ横の肉まんを指差そうか、)
 
出掛ける予定のない休みの日に家の中から見ているだけなら綺麗。
綾部喜八郎
綾部喜八郎
(事実我が強い綾部だから、面倒だと感じればその場でそれを斥ける位の事は苦も迷いも無くやってのける。千曲がそういった事を理解していると言う事を綾部は気にかけてすらいないけれど、その認識は決して間違っておらず、確かに綾部は彼女が数歩後ろをてとてとと付いて来る事を許していた。恐らく判っている者が見れば“気に入っている”んだと表現するだろう綾部の距離の取り方は、不器用なほどに自覚は無くて、ただそこにいても自然―という、そういった位置づけが綾部の中では成されていた―。―ぶたの形の中華まんを思い描きながら、しかしあまり食したいと思わないのは綾部がああいった動物を模した食べ物―タイ焼きやひよこ饅頭など―を余り好まないからだろうか。密やかに眉をよせて「そう、」とだけ相槌を。タコさんウィンナーは好きにカテゴライズされているから極端な動物愛護主義者と言うわけでもない、ただの生理的な苦手感に過ぎないのだけれど―。―綾部と千曲、昼食時に並んでいたのならその差は歴然だっただろうか。おそらく同年代と比べても遜色なくむしろ大幅に上回る量を摂取する綾部は、余り昼食を他人と取る、という経験も無く。千曲も同じ様な量を食べない限りは、一度ぐらいは足りるのか、なんて問いかけた事もあったかもしれない―。)―…間違っては居ない。寄る道で食べると言った方が正しいけれど。(微かな修正は、綾部の中では違いがハッキリしているのか。大きな差ではない事は理解しつつ、緩めたマフラーの所為で静電気を帯びた髪の毛が広がり指先にまとわりつくのを疎ましげに払った。―会話のテンポが遅い事はそう気にならない。少し経ってからの返答には素直に「そう?」と、とりあえずは語尾を上げて確認を取った―という程度の関心で流しながら続きを右から左へ。苺とか、という単語にはつられて綾部も棚の一角に並べられた苺関係のお菓子に目が行くのだけれど。繰り返されるお礼の言葉の言葉には言葉も無く頷くだけの淡白な反応を示して靴先は肉まんの方へと向かうのか。時間帯も時間帯―どうやら塾や会社帰りをターゲットとして補充されたのだろう、ぬくぬくと熱く温められている肉まんは、店に入る前に告げたとおり定番から変り種まで―肉まんから、ピザまん、あんまん、フカヒレまん―と、所狭しと並んでいた。肩に預けていた鞄から財布を取り出せば、どれ?なんてやはり言葉足らずに問いかけて―。)
 
あ、あれですね、ふうりゅう?です!やっぱり寒いのやですか?
千曲若葉
千曲若葉
(独特の距離は、広がることも縮まることも、きっと彼次第だったろうか。それでもぽこぽこ咲いていく話題に、短くとも相槌が返ってくれば、「はい!」と元気良く破顔して、―ここで彼の微かな表情変化に気付ける鋭さでもあれば、優秀なスパイに近付けたろうけど、それでも何の偶然か、「でも肉まんはシンプルな形が一番ですよー」なんて、知らぬままに声を弾ませて。案外意思の疎通は、出来ていないが、成り立ってはいたのだろうか。「あー、」と紡いだ音は確かに納得ではあったのだろうけど、あまり分かっていない、と形容するに相応しい曖昧さだったろうか。)なら、綾部せんぱいといっしょだと、寄り道マスターになれそうですねー。(「食べ物の!」と付け足した辺り、最初に戻ったようにも思えた話題に進展はあるのだろう。やっぱり食べるのが好きなんだという解釈を確かなものにして、今度差し入れでも持っていったら喜ぶかなあ、なんて内心抱くのはさっぱりスパイ活動も忘れたものだ。秘密の計画は、きっと近い内に実行されるだろうか―。確認にこくこくと頷けば、また彼の歩みに合わせて歩を進める。陳列された白、時には黄色や茶色。食べたことのあるものから、そもそも初めて名前を見たものまで。感心しつつほやーっと見つめていれば、短く問われて、意識が彼に移る。財布を出しながら問われる現状を、ただの興味で聞いているのだろうなんて思う千曲に足りないのは理解力よりも経験や知識かもしれない。変り種に惹かれるものはあれど、「んんと、」と少しだけ迷えば、やっぱり視線は棚の一番上へ、)私は肉まんにします。あやべ先輩は何にするんですか?(そう言いながら、手は鞄のファスナーに掛かる。少しだけ口を開けつつ、彼が購入している間に財布を取り出そうと手を突っ込んで―。)
 
とてもイヤ。…四季は見ていたいけど、感じるのは苦手だから。
綾部喜八郎
綾部喜八郎
(返ってきた彼女の返答が珍しくも自分の思考回路と重なって居たものだから思わず少しだけ驚いた。予想外のところで重なった意見は些細な物ではあったが、密やかに少しだけ降下した機嫌を引き上げるのには十分な効果を持つもので、弾んだ声に珍しくも そう、という納得の言葉ではなくて「そうだね、」と同意の意味を持つ相槌を返そうか。―理解したのかしていないのか中途半端な相槌にももう慣れた。自分にはそれ以上に説明する言葉を持たないから、ただ千曲の次の言葉を待って―)………吉野先輩に怒られそう。(寄り道、と楽しげに紡ぐ彼女の姿からは、一応校則で好ましくないとされている寄り道に対する反省等は垣間見れず。千曲と比較的仲が良い―と綾部は勝手に解釈している―自分の先輩でもある杓子定規な真面目な生徒を思い出せば、千曲に悪い事を吹き込まないでと怒られるのだろうかなんてぼんやり考えつつ。やめる気は全くない辺り、あまり怒られるのを嫌がっても怖がっても居ないのだけれど。彼女の中で嫌いじゃないがイコール好きに変換されている事を知りはしない―ただ、差し入れられた食べ物は、嫌いなものではない限りしっかりと、誰に分けるでもなく食べきるだろうけれど―。財布の中身は確認してはいないけれど、普段から散財するような趣味は持ち合わせていないから肉まん程度ならば普通に足りるだろうとあたりをつけ。財布を取り出す仕草を見せる千曲に、財布を開こうとしていた手を思わず止め、軽く目を細めて無言で数秒、まつ毛を伏せて 開けば、普段通りの表情で、)――……肉まんふたつ。(千曲の問いへの返答はそのままレジの店員へと向けられる。背中越しに恐らく財布を取り出しているだろう千曲―きっと自分は二つ食べるとでも思われているのでは無いだろうかと、珍しくも易々と他人の思考を辿れば、振り返る事はなくレジに消費税込の硬貨をピッタリと並べつつ、)…千曲、財布は仕舞っておきなよ(と、相変わらずの言葉足らずを発揮する。程無くして肉まんが二つ綾部へと手渡されれば、片方をそのまま千曲へと差し出そうか。直接的な言葉は一つもなく、「はい、」なんてシンプルな言葉だけが添えられたその動作で彼女はどこまで察してくれるだろうか――できれば綾部の差し出した肉まんを共に手に、もうしばらく冬の寒空の下を、千曲の尽きることのない話を聞きながら帰る事が出来れば、珍しくもこの寒さを不快とも感じずに、機嫌を損ねる事の無い帰路になるのだろうか―。)
 
そっか…。でも、ぬくぬくするのも、すごく冬を感じてますよ!
千曲若葉
千曲若葉
(例えそれが短くとも、相槌が返ってくればちゃんと話を聞いてもらえてるんだろうと千曲は思うし、何度か耳にしてきたそう、の二文字が持つ色合いの変化に、何となく、多分、という曖昧さではあったけど気付けないではなくて。「はい!」と相変わらず元気よく同意の意味を深める声は、きっと少し嬉しそうなものだったろうか。―食べ物、たくさん、なんだか美味しそう。単純な思考はそれだけでぽこぽこ花を咲かせてうずうずと想像に引き寄せられそうになっていたのだけど、不意に挙げられた名前に、花の中に親しい先輩の顔が咲く。怒られそうという言葉に導かれた怒り顔の想像上の彼女にはっとして、「そっかあ…、」としょんぼりしてしまうも、)…あっ!ならまな先輩も一緒に来てもらえば、きっと大丈夫です!おもてなします!(千曲と綾部に加えて吉野が並ぶなんてことになれば、保護者のような彼女の姿がまざまざと想像できるけど、千曲の思考では、大好きな先輩達と一緒に帰れたら楽しい。寄り道ならば、ちょっと悪いことなだけにどきどきしてもっと楽しい―そんな風に、そもそも彼女が寄り道しないかもしれないなんて選択肢が初めからなくて。「今度誘ってみましょうね!」なんて楽しげにぐーを二つ作っては、千曲の想像の中の彼女は既に、しょうがないなと溜息を付きながらも付き合ってくれる算段だ。―きっと差し入れを続ける内に、これが好き、これは嫌い、と少しずつ理解しては、気付けば好きなものに偏ってしまうのは、千曲の甘さだろうか。差し入れと一緒に自身も食べることが多くなるのは、致し方ないと言い訳しながら。――財布に触れたものの引っかかって出て来ないことに苦戦しつつ、数秒の出来事を見逃したまま彼の注文を耳にした。当然のように、彼が想像した思考と全く同じ―二つ食べるのか綾部せんぱいお腹すいてたんだなあ、なんて―ことを描けば、財布を出した頃には購入を済ませた彼に、きょとんと、丸い目を瞬かせて―、)へ?(どういう意味だろうか。理解してませんを表情にありありと出して、そんな中差し出された肉まんには、さすがにそれを綾部が千曲の為に購入したことはゆったり理解できて―奢りだ!と漸く頭上で現状を閃かせれば、慌てて両手を差し出して肉まんを受け取って、)!…ゎ、はい!あの、ありがとうございます!(―手の平に伝わる温もりに、なぜだかぼわわと頬が熱くなっていくのは何故だろうか。よくよく考えてみれば異性とこうして帰宅を共にすることは少なく、まさかその時になるまで奢ってもらえるなんて思ってなかった不意打ちの行為に、自身でも驚く程に舞い上がっていることに気付けてしまって。ふにゃりと口元を緩ませながら、珍しく俯きがちに――それでも彼が歩き始めればまた慌てて後を付いて行くのだろう。肉まんを食べながら、食べ慣れたはずのそれが何故だか何時もよりずっと特別で美味しい気がした理由は、今はまだ千曲には淡く霞んでいたのだけど、見上げた星空がきらきらいつもよりも輝いて見えたから、他愛のない話に花を咲かせての帰路は、道が分かれるその時まで、楽しそうに愛しそうに―ああそうか。彼は超新星みたいなんだなあ、と密やかに抱いて、笑みを浮かべて――、)
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