[No.1] (昼休み―昼食を終えて向かった先には人も疎らの藤棚、) 名前:立花仙蔵
(立花の昼食は、早い。線が細いように見えて、食べ盛りのこの年代の食欲というものを人並みに持ち合わせており、数人の友人と談笑しながらあっという間に昼食を平らげて。食後の一休みも程々に立ち上がった彼の手には、一冊の冊子―今朝届いたばかりの某有名洋菓子店のカタログだ。委員会に対する立花の信条をそれなりに理解してくれている顧問は、そういった茶会に関する物々が届いてもある程度は許容してくれていて、今回も朝に「程々に、」という一言を受けるのみでそれを受け取ったばかりである。―どこへ行くんだ、と背中に掛かるクラスメイトの声。視線と微笑みを向けて、委員会室だと答えて廊下に出れば、窓から射す陽光、冬の肌寒さだからこそ映える陽射の温かさに誘われて、行き先を外へと変更するまでに時間は掛からなかった。賑やかな教室もいいけれど、つい先日試験を終えてようやっと予算会議に本腰を入れることが出来る今、静かな所で委員について思案したい―と言っても内容はそのカタログ、茶菓子のことという何とも平和なものなのだけれど―なんて思う彼の歩は、学食を逸れて外の藤棚へ。この時期は外で食べていても体が冷えない内に室内へと戻るか、学食での汁物が人気な為、他の時季に比べて人気も多くない。それでもこの陽気の為せる業か、どの椅子も疎らに埋まっているのは予想外だった。引き換えそうか逡巡するのも僅か、折角来たのだからと奥の椅子へと進んで、)すまないが――隣、いいか?(相手の後頭部へと、声を掛けよう。隣といえこの長椅子では大分距離があるものの、それでも許可を取るのは礼儀であるという律儀さは実に立花らしいもので、―それが自ら罠に掛かりにいく行為に等しいと知っていたら確実に回避していただろうに、そんな仮定はこの期に及んで詮無き話である。)
[No.4] 藤棚の下って案外きもちーよね!今日とか特にあったかめだから。 名前:小野原夏帆(小野原の調査メモ、数行しかかけていないそれのうちの一つは、「立花くんは案外とよくごはんを食べます。」という、会計委員長であり立花と同じクラスの潮江なら言われなくても知っているような情報で。そして他の数行も、似たような内容の文章―つまりは、ここ数日ちょこちょこと姿を追ってはいたが、どうやら小野原の観察眼では重要なことなど一つも発見できずに今に至っている。とはいえ、本人、なんだか映画みたい!とメモとペンを片手に立花を追う事は案外と楽しんでいるのだけれど。)…立花くんの弱みとか、委員長の方が知ってそうなのになー。(ぽかぽかとした日差しの藤棚の下、ひざの上に広げているのは弟が作ってくれたお弁当だ。普段はお昼も彼の動向を追ってはいたのだけど、今日は特別にお休み。るんるんと髪を揺らしながらお弁当を平らげ―。―そしてこぶたのお弁当箱を空にした後には、食後のデザートを探るようにお弁当袋をひっくり返せば、)あっ、わー!今日のデザート、チョコプリンだー。なんかいーことありそ。(ぽあっと頬を赤らめれば、いただきます!と改めて丁寧に手を合わせ。やわらかいチョコレートに、スプーンを差し込んで、一口―甘みと蕩け具合に、口元が幸福そうに緩む。「お い しー」と一つ一つ区切って発音する程度にはその美味しさを強調したくて。誰と一緒に食べてるわけでもないそれは独り言にしかなりえないのだけれども。)やっぱりプリンはチョコが美味しー、……んっ?あ、いいよお!どうぞ!(プリンうまー、とばかりに幸せそうに頬張っていれば、ついつい聴覚はお留守になる。右から左に聞こえた声を聞き流しながらも、口は反射的に、隣を大丈夫だと了承の意を述べていて――そして、数テンポ遅れて動作がとまる。くちびるにスプーンを突っ込んだまま何かに気づいたようにハッと動作を止めて、恐る恐る 隣へと視線を向ければ。)――……っぅ、!(んむぐ、と思わずチョコプリンを咽かけて、慌てて飲み込む。なんで!と叫びだしかけたのを必死に堪え、空いた片手を口元に添えながら、それでも驚愕に揺れることを隠せない視線を立花へと向けて、)…た、立花くん…?!
[No.5] 過ごしやすいものな、午後の授業に行く腰が重くなりそうだ。 名前:立花仙蔵(―ここ数日、二度三度と感じた視線を特に気にはしていない。各委員対抗と言ってもいい”大イベント”を控えた時期を顧みれば心当たりがなくもない訳で、なればこそ臆す理由もない立花のそれは、誰が相手でも渡り合える自信の表れでもあった。杞憂ならばそれに越した事はないのだし、特に己が動く理由もないと平素の平和な日常を過ごす筈、であったのだけれど。そのワンシーンにしては相手の反応が不穏だったのは、不意打ちに近い予想外と言って差し支えない。―快い返事が返ってきたまではよかったのだ、遠慮なく腰を下ろし、振り向いた顔に「…ああ、小野原か、」と、一学年三クラスという少なさ故に学年全員顔見知りの状態である彼にとって彼女の顔と名前を一致させるのは容易く。しかしその後、緩慢に向けられた視線が凍り付いた変貌には、スプーンを咥えたままでいるのは危ないから止めろ、と言ういとま無く、咽かけて詰まった声を洩らした口が彼女自身の手で押さえられるのを、聊か呆気に取られて見遣るばかりだった。)……私が小平太にでも見えるのならばコンタクトか眼鏡を勧めるが。(明らかに名前がうろ覚えで自信がないという類の疑問ではない、多量に驚愕が含有された声音。隣のクラスの友人を引き合いに出したのは、委員活動で彼と共にグラウンドで走っている所を見掛けたのを思い出したからで、怪訝としつつ組んだ足に冊子を置いて首を傾ぐ様はまるで、彼女の表情を覗き込まんとするように―)なんだ、その見てはいけないものを見たかのような反応は。今更他所へ行けというのは無しだぞ、…お前のデザートを横取りなぞしないから安心してくれ。(歓迎されていないと取るべきか、それとも他の理由があるのか、元より詮索するつもりはないので最後は態とピントを外して悪戯めいた笑みで締めよう。膝の上のカタログの一ページ目を繰りつつ、彼女の手にあるデザートの容器が市販の物ではないのを目敏く見れば、)それは小野原が作ったのか?(自身の姉然り、昔の親しかった女性達然り、周りに料理好きの異性がいるから視線に留まったのかもしれない。食後のデザートの時間を邪魔するつもりはなく、本当にさり気なく、何の気なしに零れた疑問だった、)
[No.10] …立花くんもそーゆー誘惑に逆らえずにサボった経験があったり? 名前:小野原夏帆(今日の昼休みはスパイ活動はオフだ―と、勝手に決めていたものだから予想外にその機会が巡ってきた事に動揺してしまった。これが立花でなければ聞き流した返事のままで終わっていたのだろうけれど。きょときょとと動揺した所を、呆気に取られたような表情で見られれば若干気恥ずかしさを覚えつつも、それよりも浮かぶのは焦り。さすがに開始数日でボロをだすというのがマズいというのは小野原でも理解はできる。うぇっ…ええと…なんて脳内は小野原にしては必死に回転していて、)みっ、見えない見えないよ!こへーたじゃなくて、すごい立花くんに見える!(相手の視線を探るようと感じてしまうのは後ろめたさの所為だろうか。思わず背筋が綺麗に伸び反りて、逃げるような姿勢でぶんぶんと両手を振る。びっくりした心臓が緊張感で弾むのはなかなか治まりそうには無かったが、同級生ということもあってか元々話すのにそこまで緊張するような相手ではなく。一度言葉を交わし始めたのなら、笑いながら「それにアタシ眼鏡似合わないんだよ!」なんて付け足す程度には心にも余裕ができて。―見てはいけないものといわれれば確かにそうで、否定が出来ずに正直な表情はギクリともビクリともつかぬ変化を見せる。左右におろおろ視線を揺らした不自然すぎる空白の時間の後、若干硬さの残る笑みを浮かべれば、)…そ…っんなことないよ、全然!そこにいてくれて、本当に大丈夫!えと、ほら…、あのー、話すのとか久しぶりだからビックリしただけ!で、ね?(同意を得るように語尾があがり、軽く首を傾げれば首元で結わえた髪が前へと零れた。デザートを、なんていうくだりには思わずチョコプリンを胸元に引き寄せてしまいつつも、立花が食べるつもりが無いと述べれば、ならいいんだとばかりに無防備に笑みを浮かべた―。―彼が冊子のページを捲くり始めれば、小野原も平和そうにチョコプリンを掬いはじめて―、)…んぅ?……んー、ん、…弟の手作りなのー。アタシは料理下手っぴだから。弟は、何作らせても凄く上手なんだけど!(首を振りつつ、頬張っていたプリンを飲み込んでから 口を開く。プリンに視線を落としてにへり緩んだ笑顔を浮かべる姿は、ストレートな姉馬鹿具合だっただろう。ふと、一度立花をみて、プリンを見てから、膝を長椅子の上に乗せて少し立花へと近づけば、プリンの容器を差し出して、)…立花くん、プリン食べる?(先ほどからやけにプリンをネタに話題を振ってくるものだから、小野原の中では立花=今プリンが凄く食べたいという法則が出来上がってしまっていた。「おいしさは保障する!」なんて自信満々につげつつに。)
[No.14] 思うだけで止める辺り、勤勉な学生だろう?そっちはどうなんだ、 名前:立花仙蔵(よくもそこまで思考が駄々漏れするものだ、と一種の感心すら浮かぶ相手の顔には動揺と困惑が。全身で応答するその姿勢は今にも後ずさりしてしまいそうで、立花でなくとも怪訝に思うものだろう。しかしそれよりも、何だか言葉選びを間違っているような気がしなくもない、それ以上に真っ直ぐな物言いにはついつい噴出してしまって、)っはは!すごく私に見えるか、それは何より。視力が正常なようで安心した。…まあ、委員だけでなくクラスも同じ者を見間違えはしないか。(小野原夏帆、その人について―グラウンドで活動をしている委員の中にその姿を何度も見つけた事があるし、かの友人の口からその名を聞いた事もある。それに委員活動の盛んな校風を見れば明らかなように何をするにつけて学校単位で動くから、他クラス他学年との交流も少なくなく、―年相応と言うよりは若干浮き彫りになる幼さと無邪気さと元気な様、それが彼女について知っている事だ。会話した事のない仲でもなし、それだけ知識として持っていれば寧ろ充分な方だろう。付け加えられた声には、「そうか?そうでもないと思うが―ああ、でも運動するには邪魔かもな」、緩く首を傾いで答えようと。――まったく、この少女は馬鹿がついても可笑しくない程に正直者のようだ。平素より喜怒哀楽を大袈裟に曝さないよう振る舞っていると自然他人のそういう所に鼻が利きやすくなるのだけれど、この場合はそんな観察眼がなくとも赤裸々な不審っぷりである。そこまで露骨な反応を披露してもらえると思っていなかっただけに、そうさせるだけの心当たりがないか思わず自らの心中を探る彼、ある種彼女に翻弄されていると取れなくもない様で、硬い笑みに対して少し眉尻を下げた。)ふうん?…そうだな、滅多に会わないし、二人で話す機会もそうあるものではないものな。(縋られているような語尾に、にこり、先程の疑惑を微塵も覗かせない笑みで同意して安堵させたなら、直後―)―そういう事にしておこう。…小野原、隠し事をしたいなら先ずポーカーフェイスが出来るようになる事だ。(なんて、意地の悪い助言も付け加えるのだ。そうは言ってもその正直さ、己が持ち得ないという面では好ましく、見ていて面白いのだという事実は伏せておく事にして。彼女の手元のデザートが弟作である事には、立花家とは随分形が違えど、この姉を持つ弟―と想像すれば納得するのは容易だった。)器用なんだな、いい弟じゃないか。…なんとなくお前は上に兄弟がいるのかと思っていた、(言葉よりも雄弁に物語っているその表情に微かに口元が綻んで、―寄ってきた彼女、差し出された容器に思案したのは一瞬の事。強請っていると取られたのかと行き着けば、無論そんなつもりなどなく断ろうとしても太鼓判を押す彼女にその気も削がれて。―ありがとう、遠慮なく。礼と共に受け取ったそれ、女性が使っていたスプーンにそのまま口を付けていいものかと迷いはしたのだけれど、差し出したのは彼女だ。気にしない質なのだろうと片付けて一口食んだ彼は―良くも悪くも、神経が太いのだ。)
[No.16] …!!!(期待してた分ショック)……ちょ、ちょびっとだけ…。 名前:小野原夏帆(思わず、だとはしても話しかけられた途端に逃げの姿勢をとった自分に対して、明るい笑い声が向けられる。その事に心の隅っこで安心しながら、こくこく頷いて見えていると言う主張を。―、後半、七松は見間違えない、という意図が強めに聞こえた立花の台詞、)そんな事ないよー!立花くんと潮江くんも、絶対間違わない。任せて!(思わず少し強めに主張するようにしっかり、と。もう少し、立ち振る舞いの似た二人を選ばなければ意味が無さそうな対比かもしれないが、ぽんっと脳裏に浮かんだのはここ数日立花を目で追う間に頻繁に視界に入った彼のクラスメートだった。うん、絶対に見間違えない と、もう一度首もとの髪を揺らして頷いて―。―普段から表情感情を読まれやすい方ではあったが、やはり常よりも相手が相手で状況が状況、隠そうとすればするほど逆方向に分かり易くなってしまった。同意を得るような自分の語尾に、安心させるような笑みが返ってくれば、「だよね…!」と、ぱぁあと表情を分かりやすく明るくした―、のも、一瞬。付け足された言葉には、不思議そうに瞬き、そして彼の言わんとする所を数秒の後理解すれば思わず、指先で口元を隠す様に覆う。その仕草で最終的に、相手に何か隠し事があるのだという事に確信を持たせてしまうだろう事には理解が及ばぬまま。)…そんなに分かりやしーのかな…(ぽつり小声で反省を零しながら、むにむにと自分の頬を抓ったり引っ張ったり、)……立花くんは、ポーカーフェイスは得意?(ふと そんな事を問いかけるのは小野原が見ている限りは橘は決して“無表情”ではないと感じたから、なのだけれど。―いい弟、という感想には照れたような自慢げなような笑みを浮かべて大きく頷いて。上に兄弟が、といわれればこくりうなづいてから、)よくいわれる!けど、アタシいっちゃんお姉ちゃんなんだよー。…て言っても、ひとつしか違わないんだけど。(だからかな?と続けながら。幼い頃は一緒に遊んでいたらよく年下に間違われたものだった。んんと首を捻ってから、うん、と一度自信満々に頷けば、)立花くんはねー、カギっ子っぽい!(家族構成をすっ飛ばしての、印象論。小野原が抱く立花の雰囲気―しっかりした、とか、大人っぽい、とか、他の生徒が抱いているだろうそれと大差ない印象―からは家族構成よりも、そちらの方が想像しやすかった。手の動きにあわせて揺れていたスプーンをぴしっとさせれば、くちびるの端にくるりと弧を描いて「小さい頃から、立花くんだった気がする!」という、言葉の字列通り受け取るだけだと意味の通じなさそうな一言も付け足して―。―“立花くんはプリン(チョコレート)が好き”という一文を教室に戻ったら付け足す事を忘れないように何度か頭の中で反復する。立花が容器を受け取ってくれれば、笑みを更に明るくして大きく頷いた。プリンを食べる仕草をじっと見つめる、瞳が、分かりやすいぐらいにおいしい?おいしい?と問いかけんばかりにぱちぱちきらきら、―)
[No.20] 一応作法委員長なもので。―風紀を乱した自首か?(にっこり、) 名前:立花仙蔵(主張せんばかりの台詞に登場した友人の名には、ぱちり 桔梗の瞳がまたたきを挟んで―そもそも間違えられる要素がどこにもない比較対象ではないかと過ぎったのも一瞬。彼女に対して体育委員長を引き出したのと同じ意味合いだと解釈した彼は、それがスパイ活動に関連しているなど露とも知らず、)…そこまで言われると、騙してみたくなるのが人の性だな。…鉢屋から変装の極意でも学んでくるか。(言いながら、それも面白そうだ、と。今度別人に変装しきって声を掛けた知人に正体を見抜かれなければ及第点の、作法から凡そかけ離れた活動を心内で思案をしつつ、そんな立花が楽しいだけの内容でも委員長が告げれば委員活動として罷り通る―ただ彼も後輩には多少甘いので十回に一度くらいは一学年下の彼女に折れるようだ―から、自発的に目立ったパフォーマンスをしない作法委員も結局”個性的”の一角を担うに至る訳だ。めまぐるしく変わる表情に合わせて揺れる色素の薄い髪が、まるで犬の尻尾か何かのようにふわふわと動くのを視界の端で追い、―明るさを帯びたと思ったら忽ち口元を覆う動作、彼女の兄でも親しい友人でもあるまいに、これから先の将来を案じてしまうくらいに心情の過程が赤裸々だ。口を押さえた時点で隠し事は確定、恐らくそれにも気付いていまい彼女の子供じみた様子に、口端に僅か笑みを含ませて、くしゃり、猫の毛に触れる柔らかさで頭を撫ぜよう―)いいのではないか?正直なのは美徳だろう、可愛いと思うぞ。(意図せずして零れ落ちた単語は、後輩の事をそう形容するような、或いは小動物を形容する時と同じ意味で以って一般論を語ったまで。含ませる所なく平然とした調子で投げ掛けられた問いを聞くその顔は、今もポーカーフェイスを保った儘。そう装っているのではなく、彼にとってはこれが、素。)それと意識した事はあまり無いが…、ああ、でも小野原よりも得意な事は確かだな。何を考えているか分からないと言われたのも、心外な事に少なからずあるのだし。(他者からそう見える事があるならば、つまりそうなのだろう。心外と言ってもその実、そう思われている事を逆手に含みを持たせた言動で戯れるのだから中々良い性格をしていて、――彼女が甘え上手な年下気質だという印象を受けるのは、矢張り己だけではないよう。一歳差と聞けば納得に頷き、)年子なら殆ど差はないか。そこまで近いのなら仲も悪くないだろう、賑やかそうな家だな。……よく言われる、一応姉が一人いるのだが、(彼女の台詞を真似て返し、続いた声には伏せて上げた双眸を違和感を感じさせない程度に細めた。賢さとは違って感覚的に物を言う人こそ稀に、そして無自覚に本質を突いてくるから、その予想外に刹那言葉を詰まらせて、「これでも可愛い子供の時期はあったのだぞ?」と態と解釈を曲げた返答をするのだ。隠し立てのない視線に曝されて、掬った一口が舌に広がり―甘い。購買で売っているデザートと遜色ない味は、彼女が胸を張って上手だと言い切ったのを裏づけしていて、)美味しいよ、すごく。分けてくれるお前は太っ腹だな。…それには劣るだろうが、今度礼に委員用の菓子でもお裾分けしよう。(容器の上にスプーンを置いて元の持ち主に返した彼は、膝の上で放置していた冊子を示しながら、内緒話の音量でちいさく微笑もう、)
[No.22] いいんちょ…!ぅえ、違ぁ、えと、じ、時効じゃないかな!去年! 名前:小野原夏帆………鉢屋くんのワザは、ズルい…!立花くん、懲りそうだなあ。やだなー。(直接的な係わり合いは無いものの、鉢屋と変装の二つの単語が合わされば示す人は一人しか居らず、そしてその実績も常々耳にはしている。それに騙す気の入った立花が合わされば、小野原には見分けられなくなりそうなのが目に見えていて、ぷくりと頬を膨らませれば、「…若葉ちゃんなら見分ける方法とか知らないかな…、」なんて鉢屋と同じ委員会の少女に期待を寄せてみたりするのだけれど―。)……び、びっくりしたあ。えへへ、ありがとー、美徳かあ。びとく、びとく。(“可愛い”なんて単語、同性ならばともかく男の子から言われたのなんて久方ぶりで。言葉だけを捕らえて何度か瞬くも、その響きが余りにも、まるでご飯を頬張ってる時に友人に言われるような、立花が同じ委員会の1年生を褒める時のような、そんな響きの“可愛い”だったものだから、直ぐに驚きから来る照れを引っ込めて、素直にその言葉どおりに受け止める事にした。美徳美徳、と響きが気に入ったのか何度か繰り返して―。態々自分と比較する辺りにからかいの意図を感じて、その時だけ、むきゅっと顔を中心に寄せるように少し顔を窄めて反抗を試みてみたりと。心外な事、と前置かれた返答には、思わずぷは、と笑みを零し、)じゃあ立花くんは、アタシと逆のことゆわれてんだね!そう考えるとちょっと納得。そっかあ、心外だったのかー。(意図的で無く分かり易い思考回路をした自分が居るのだから、意図的で無く分かり辛い人が居る―と考えると、ポーカーフェイスというよりもしっくり来た。立花自身がその周りからの認識を利用して居る事を知る由も無いから、心外、という単語をそのまままっすぐに受け取って―。)―、うん、仲良しだよー!アタシよりしっかりしてるから、よく、怒られるんだけど。…っ立花くん、おねーちゃんがいるんだ!わぁあ…何だかすごく美人さんそう。立花くん、おねーさんと似てるほう?(何故か俄然テンションをあげて、ぱあと表情を明るくする。今の所立花がそのまま女の子になったような人物像を脳裏に描きつつ、「いいなあ、」なんていうのは年上の兄姉を持った事が無いゆえの呟きか。可愛い子供の時期と言われれば、「ほんとかなあ」なんて冗談めいた声色で笑いながら。1年生の頃から、それこそ自分の所の委員長のように冬でも外をいけどんで走り回るような彼を見た覚えは小野原には無くて―、その行為を子供らしいと称すべきなのかどうかは、ともかく―。―弟の作った物だから、味の方に自信はあったけれど、改めて美味しいと言われれば素直に嬉しくなって、自慢げに頷きながらへらりと緩んだ声で、伝えとく、なんて告げた。)、うあ、ほんと?わー…ぁ、でも、良いのかな?厚着先生から、あんまり立花くんに迷惑掛けちゃ駄目だって言われてるんだけど、(迷惑じゃない?なんて首を傾げて問いかける。迷惑を掛けてはいけないというお達しは、相手の事を探る際に最後に付け足された一言だ。まるで迷惑を掛けるのを前提のように念押されたその一言は、やけに小野原の記憶に焼き付いていて。)
[No.26] 随分早い時効だが…初犯だし、その自白に免じて大目に見よう。 名前:立花仙蔵(膨らんだ相手の頬には、よく分かっているではないかと言わんばかりに喉を鳴らして、)勿論やるなら徹底的にだ、その方が楽しいだろう。ズルいというのなら、お前も私に仕掛けてみるか?(騙されない自信からくる最後の疑問は揶揄する調子。こういった突然の思いつきは、万事が楽しいか否かで決行を判断するものだ。「…、あの鉢屋が後輩に見抜けられる隙を見せんとは思うが」なんてあっさりと彼女の期待を打ち崩しつつ、件の五年生があっさり種をばらしてくれるとも思えないので実行に至るのは難しそうだが、打てば響くような彼女の反応は楽しめたのでそれだけでも満足だ、といった本音はしまっておくとして。―単語を反芻する様に、彼の口元も微笑ましそうに笑みを湛える。同級生なのだがどうにも後輩と接しているような気になるのは彼女の気質の所為だろうかと、こうして交わす会話の中に新発見を見出したりも、して。)しかし私のような者から見ると、裏を返せば騙しやすそうに見えるからな、詐欺には気をつけるんだぞ。(余計な仏心で上げて突き落とす言い回しをするのは無自覚に―なんて殊勝な人物でもなく、確信犯。他人の素直な喜色に茶々を入れたくなるのは性分なのだから仕様がない。くるくると万華鏡のように変化する表情、なんて誇張した比喩のようだが、こと彼女に於いてはその大袈裟に聞こえる例えも適用されるのではないか。窄めて反抗濃くしていた顔色が、次の瞬間には笑顔に変わっているのだ。感情豊かなその面に倣う事こそ出来ないが、楽しく観察出来るという意味ではそれなりに有意義な時間だ。少なくとも、当初の目的を脇にのけても構わない程には。)―どう考えても褒められているようには聞こえんしな。楽しい時に笑って悲しい時に泣いて腹立たしい時に怒って、そんな風に素直に感情を出しているというのに、何を考えているか分からないとは失礼だろうに。(大袈裟に息をついたその言葉は、立花が校内で泣いた事もなければ怒った事とて数える程しかない事実を都合よく伏せているので脚色されてはいるのだけれど。我ながら悲しい時に泣いてだなんて説得力がないのを自覚しながら、弟に怒られる彼女の図をとても容易に想像が描けて噴出してしまった。そういう弟こそ心配性が根付いて姉離れ出来なさそうなものだがな、と零しては、相手の予想以上の喰いつきっぷりにぱちりぱちりと瞬き、少し傾いだ顔―)ああ、綺麗な自慢の姉だ―と言えと言われているから、そういう事にしておいてくれ。…そうだな、性格は全然だが、顔は割と似ていると思うぞ。(この通り男臭さのない中性的な容姿をしている彼だ、奇しくも彼女が脳裏で描いている性別転換した立花像は、現実とそう遠いものではなかったろう。その想像の後押しをして、呟かれた一言で突然彼女の調子が上がった理由を察した。彼にしてみると姉に憧れる理由なんて理解しがたいものだが、長女である相手にしてみれば上の兄弟も物珍しいに違いない、と。「ああ、雪が降ったら皆で外で雪合戦してはしゃぐような、ね」、此方も冗談めかしたその答えに”小学校低学年くらいまでは”と付くべき筈の限定が取り払われていたのは意図的か否か。どちらにせよ、かの体育委員長と比較したら可愛い子供という言葉が霞んでしまう事は確かで、――ふと違和感を感じたのは、幸いな事に顔に出なかったよう。体育委員顧問からの忠告も聊か疑問を感じる物だというのは置いておいても、そこで己が名指しされる意味は? 瞬時に浮かんだ疑問にあらゆる可能性が閃いたが、それが表に出てこないようにうまく伏せて、穏やかに口端を吊り上げた。何故なら、)ちっとも迷惑じゃないさ。生憎、迷惑に思う相手にこんな事を申し出るほどイイ人でもないしな。…それに、遠慮されては礼にならんだろう?(カタログを読み進められなかったにも関わらず、言葉通り迷惑だとは感じない交流だったから。此処で変に彼女を勘繰って跳ね除けるのは、人の縁に抗わない事にしている信条に反するとして、笑みを一つ。遠くで鳴った予鈴、食堂から慌てて出て来るいくつもの足音に冊子を閉じて本を横に抱えた立花は、)…そろそろ戻るか。(と促す視線を向けた。偶然とはいえ昼休みの半分に付き合ってくれた少女を一人置いていくのは彼の性格上出来ない事なので、彼女がデザートを片付け終えるのを待ってから、ごく自然に隣に並んで六年の教室へと歩を進めていこう。他愛ない会話を交わしながら、今迄名前だけしか知らなかった彼女に湧いたほんの少しの興味を抱えて―。)
[No.28] えへっへ、優しいなあ、委員長が立花くんでよかった! 名前:小野原夏帆(あたしが。立花くんに。言われたそれを一度頭の中で反復して、そしてできるかどうか一瞬考えようとシミュレート―しかけた所でけろりとそれを諦めた。目の前の彼が件の少年の技を遺憾なく発揮すればそれは見事に嵌りそうではあるけれど、そこまでの器用さが自分に無さそうな事は自分がよく知っている。からかう様な語尾の彼に対抗したい様な気持が無い訳ではなかったが、若葉ちゃん…と頼りの綱に指名した彼女の名も尤もな意見でばっさりあっさり一刀両断されれば、心無し元気のなくなった2本の髪に併せて肩が少しだけ落ちた。「鉢屋くんかなあ…」という呟きからは、いっそ本人に見分ける方法を問いかけてやろしまおうかという心意気が少し覗いて―。美徳美徳、と言葉の響きが気に入ったのか呟きながらいれば、優しさなのか忠告なのか いっそ予告なのかすら判別の付かないそれ。それでも、ぱっちぱちと不思議そうに瞬いた小野原は、それを優しさだ と受け取った。へにっとした笑顔でぴょこり髪を揺らしたなら、「お金を使うときは家族に相談、だね!」と自信満々に言い切った―。―大きなため息とともにこぼされた言葉は、小野原が感じた事のない事象。そして、だからこそそれが真実かそうでないのかを見分ける術をもっておらず。ただ、並べられた言葉は十分に理解ができる範囲であり、想像ができる範囲だった。分かりやすくへちょりと目元口元を歪めれば、何かを考えるかのように落とした視線が数秒―勢い良く見上げた瞳はまっすぐに立花を見つめて、)立花くん、わかりやすいから、大丈夫!(唐突な言葉は小野原の思考回路の中では真っ直ぐに―、一つ二つの事象を乗り越えて―、繋がってはいるのだけれど。放たれた言葉だけでは説明が不十分な事は見てとれて、それでも説明する様子のない小野原の瞳は無計画なまでに真剣だったー要約すればつまり。脚色された立花の言葉をまるっとそのまま信じ込んだという、そういう事なのだけど―。自慢の、から始まる数節には物の見事に引っ掛かり、それでも後半の言葉を聞けば、)綺麗な自慢の姉って絶対ウソじゃなさそぉ。立花くんと似てたらきっとすうごい美人さんだねぇ!(男子生徒相手に褒めているのかは微妙な言葉だったかもしれないが、脳内の立花(姉)と立花(弟)を並べてみたらなんだかキラキラしてきたのだからそのまま感想を述べてみた限りで。雪が降ったらの件には大げさなまでに目を瞬かせる。小学校低学年という単語が切り取られたそれは、自動的に脳内では小野原の中での一番幼かった―中学生初期の頃の彼で再生されていた―。―迷惑じゃないかな?大丈夫かな?、そんな瞳は心配そうに立花の表情を窺うけれど、生憎こういった事柄に関しては、頭を掠めた程度の疑問を顔から読み取れるほど敏感なセンサーは所持していない。浮かべられた緩やかな笑みに、ぽぁ、と小野原の表情も明るく緩んで、)わあぃ!じゃあ遠慮なく!ふふっ、うれしーなあ。…とぅあっ、ホントだ。予鈴なっちゃったね。(ぴんっと音の聞こえた方に視線をやれば、食道から出ていく人影もどこか急いていて。小野原も慌ててわたわたと片づけを始めようか。プリンは少し残ってしまったけれど、午後一番の授業中にちょこちょこつまめば問題ないだろう。すべてを片づけ終わって顔をあげれば、自分を待っていてくれた相手と目があうのか。彼が待っていてくれたということに驚きつつも、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべればたたっと彼の隣りへと並ぶ。午後の授業は眠たくなるよねー、なんてのどかなやり取りをかわしながら、まっすぐ教室へと向かうのか。残ったプリンの重要感を感じる片手。だけれども、プリンが食べきれなくて残念―とは感じない程には、小野原も立花との会話を充実した時間だと感じていたのが本当だった。いったいそれが、予想外予定外ながらも収穫のあった調査活動に対してなのか、それともただ単純に彼の人となりを少し知れたからの喜びなのかは、わからないままだけれど―。)