[No.5] (校舎から校舎へ、不規則に進行を変える気紛れな放課後) 名前:鉢屋三郎
(―終礼の声を合図に、生徒の声が明るく咲いた。思い思いに放課後の予定や開放感を口に出し始めた賑やかな室内。教師が早く帰れよと注意を促して退室していく姿を見送り、鉢屋もゆっくり帰り支度の手を進め。少し厚みの増した鞄を斜めに掛ければ、のろのろと歩を進め始めた鉢屋に、先に帰るのかとの意の篭った声が掛けられて、退屈そうな半眼のまま「少し調べたい事があるんだ。…また明日」、と背を向けてから片手を揺らした。たしたし、と帰路に着く生徒の波に揺られながら、向かうのは昇降口―ではなく、不意に人の流れから外れたなら、棟を移り、移動を続ける。行く当てが在る訳ではないが、惜しげもなく欠伸を晒して、暫くは校舎をランダムに彷徨うだけ。いつの間にか一度辿った道に戻ったりもしつつ、三郎帰ったんじゃなかったの?と掛けられる声に生返事で返して、そんな鉢屋の動きは不思議であっただろうが、其れも此れも、ここ数日間、まだ断定は出来ないが、異質な状況に置かれている気がしてならない為だ。今の所は害がなければ問題ないとも思うけれど、何処となく気に入らないそれ。恐らく鉢屋が神経質過ぎるのだろうが、ただ動きを待つよりも、自らで―。其れまでと同じ様に廊下を進み、曲がり角を左折すれば―身体の向きを反転させ、立ち止まる。一体何処の誰の気配かと、確かめる為に、)
[No.8] …校舎内なんて散歩しても何も楽しくないでしょ。 名前:吉野まな(彼を調査するにあたって一番の難関は何より、その背格好だろう。同じクラスの友人に化けている彼とその友人とを見分けるのは、同じ学年で名前を知っているというくらいの認識しかなかった吉野にとって至難の業なのだ。彼の様子をこの数日間見てきてその生み出す表情の違いなどは少しずつ解ってきたつもりだけれど、演技をされてしまえば見抜くことはできない程度のものだろう。しかし、その気だるげな様子から、人の波から一人外れていく彼が鉢屋三郎だということはすぐに気づけた。自信は薄かったが他の人間が彼の名を呼ぶことでそれは確証に変わって。普段と、そして周りと違う行動を取る人間は大抵何かを起こすものだ、追わない手はない。それこそ何か、委員会関係の重要な手がかりを残していくかもしれない。スクールバックを肩にかけ、十分な距離を取って吉野もその背中を追った、―のだが。どうにもおかしい。何の目的があるというのだろう、何もせずただ校舎内を行ったり来たり、全く意図が掴めないのだ。何がしたいんだろうと首を傾げるけれど、此方は慎重に行動しているつもりだから、自分が彼をつけているということは気づかれていないはずだった。だからその曲がり角でも今までのように、少し間を置いてそっとその先の廊下を覗き込んだのだけれど―)…っ!?(声にならない悲鳴を飲み込みすぐさま身体を勢い良く引っ込める。肩にかかる鞄の持ち手をぎゅっと握った。覗き込んだ先にあるはずだった遠くに見えるはずの彼の背中は反対側を向いていて、つまり、彼は此方を向いていて。しかも手を伸ばせば触れるような距離に立っていたのだ、まるで追跡者を待っていたかのように。吉野のほうが視線が低かったため視界に入った彼の目と自分の目が直接合うことはなかったけれど、見られていないはずがなかった。―どうしよう。彼が一歩でも前に踏み出せば隔てる壁はなくなってしまう。逃げなくてはとも思うのだけれど、シンと静まり返った廊下に音を立てるのが酷く怖くて、何かを考える余裕もなく足は動かせずに息を殺して――)
[No.11] …そうか?意外な発見もあって、中々悪くないものだぞ。 名前:鉢屋三郎(彼女の行動に落ち度があった訳ではないだろう。鉢屋とて、確証を持つには至らなかった為に現在の“調べ物”を実行しているのだ。恨みを買うような憶えは―あれとこれとそれと…案外あったかと廊下を歩きながら指折り数えて、途中で面倒になれば早々に考えるのを放棄して、気配が付いて来ている事を確認する。連日の視線…それからこの奇妙な鉢屋の散歩コースから外れない事を考えても、背後の気配に間違いはないだろう。後は、用があるのは不破か鉢屋か―。其れなりに鉢屋だというアピールは行った心算であるから、間違えてはいないとは仮定して、それでも本人ではなく近しい者から近付く場合も有る事を思えば目当ては判らない。―やはり此方より近付く他ないかと足を止めてみれば、簡単に正体を現した相手は確か隣のクラスに所属していただろうか。益々以て判らない。接点等なかったはずだが―。身を引いた相手は逃げる様子を見せず、かと言って其方から顔を拝ませてもくれず、此方の出方を伺っているのだろうかと思ったが、ひょい、と遠慮なく顔を出せば、相手の表情からその可能性は消去されて)―悪い、吉野。まさか人がいるとは。…驚かせたな。(どういう心算か、白々しく笑みを浮かべてそう宣う。丸でつい今し方、偶然振り返った所に遭遇したかの如く、極自然な動作で、だ。固まった彼女を先ずは安心させてしまった方が会話が進むだろうと思っての事だが、彼女が鉢屋の言動に不信感を持つか都合良く思うか、或は両方か、其れは判らない。然し平然としらばっくれては、放課後、同級生と偶然の遭遇、を演じて見せるのか。)あぁ、そうだ、丁度良い。兵助を知らないか、吉野。放課後に約束があったんだが、姿が見えなくて行きそうな場所を探していたところなんだ。(さらりと名前を出した人物は彼女と同じクラスの久々知兵助という友人だが、昼に今日は用があって先に帰宅すると聞いており、実際にこの時間ならもう帰途に居るであろう。此れから約束が有る事は本当だが、その点に於いては知らぬ振りで、校内をうろついていた理由をでっち上げて「全く。何処に行ったんだか、」とぼやいて、)
[No.13] 意外な発見?……、たとえば、なに? 名前:吉野まな(―どうしよう、という焦りばかりが襲い、解決方法など考える余裕は生まれてこなかった。たまたまここを通りかかったふりをして彼にぶつかっていればまだ言い訳も言えたものだろうが、咄嗟に身体を引っ込めてしまった自分に違和感のない誤魔化しが出てくるものだろうか。そんな思考も相手が顔を出した途端に弾けるように飛び散り、肩は驚きと緊張と恐怖で無意識に跳ね上がる。反射で彼の方へと向いた自身の瞳が捉えたその表情は、不審もしくは不快なそれ――と、予想したのだが、)………え?(目を見開いて呆気に取られた吉野の視界に飛び込んできたのは彼の笑み、そして聞こえてきたのは低く冷たい声ではなく割と穏やかなもの。どういうことだろうか。彼の言葉をそのまま受け取るのならば、これはただの偶然、彼は後をつけてきた同級生の存在など露知らずただタイミングよく立ち止まり振り向いただけだと、そういうことだろう。しかしどうも上手く飲み込めない状況に、吉野の表情には疑い―というよりは、困惑の色が拭えない。続く言葉に自分が尋ねられたことを知れば、やっとどうにか自身を落ち着かせて―)…く、くち?あぁ、えっと…多分、もう帰ったと思うけど…(確か自分が教室を出るとき、もうそのクラスメイトの姿はなかったはずだ。―それよりも気になるのは、彼がそのクラスメイト久々知兵助を探していた、ということ。もし久々知を探していたというのなら、何より先に彼のクラス――そう、吉野も所属するい組に来るのではないだろうか。自分が教室にいる間に彼が尋ねてきたのならばそれを見逃しているはずはないし、教室から出た後はすぐに彼を見つけてこの追跡を開始したはずだ。つまり――辿りついた結論が正しいとするならば、彼は嘘をついていることになる。しかしどちらか断定するほど落ち着きのなかった吉野にはしっかりとした答えは出せずに、ただ曖昧な想いのまま、疑問に思ったことを口にする他なくて―)…久々知を探してたの?(本当にそうなのか、と確認するように、彼の言葉から解りきっているだろうその質問の答えを求めて恐る恐る見上げる。誤魔化すにはこのまま彼の話に乗って置くほうが賢いやりかただろうかとも考えたのだけれど、今後のことを考えても彼の真意を少しでも覗くことができればと―)
[No.16] 発覚、数学教師の片想い。相手は人気のあの―……とか? 名前:鉢屋三郎(目に見えて判る、怯えとも云える程の驚愕。尾行を鉢屋自身が気付いていまいと考えていたなら、彼女にとっては今この状況は、其れ程に不味い事態と言えようか。それにしても其れでは直ぐにばれてしまうぞ、と胸裏で忠告しながら、瞬時に其れなりに人当たりの良い笑みを浮かべて紡がれていく、嘘。呼吸をする様に容易く零れ落ちる虚実が厭に浅薄なのは、嘘だと気付かれた処で全く困らない、という自信の現れ。「そんなに驚く事はないだろう」、揶揄す様に笑みを乗せて、何時でも剥がす心算でいる嘘を続けて誘導した返答を聞き留める)…あぁ、やっぱりそうか。あんまり見付からないんで諦めかけてたんだが…、そうか、助かったよ。(しゃあしゃあと「有難う」、と謝辞を述べてみせれば、一先ずの状況と行動の説明を終わらせた―心算であったのだが。対峙する彼女は鉢屋が思っていたよりもずっと、正直者―と言うより随分生真面目な対応をとる―だと、以前耳にした噂を記憶から掘り起こしながら、思う。真偽を確かめる様子の問いかけに、質問の意図が掴めないとも何故鉢屋の嘘に乗らないのかと疑問を抱いているとも、どうとでも取れる意外そうな表情で丸い目を瞬かせれば、丸で敏くない振りで吉野を見つめ)…他の答えの方がいいのか?「こうして何か面白い事がないかと観察して回っていたんだ」?(両手を開いてこれならどうだとばかりに、反応を確かめる言葉を掛ける。久々知を探していた事に疑問を持つ事こそ、彼女が鉢屋を追っていた―でなくとも見ていた―証拠。為ればこそ、“こうして”等と、彼女がこれまでの鉢屋の行動を知っている事を前提とした言葉を返したのだが。それでもそんな些細な言い回しにまで気が回らなくとも不思議はない。気付いているから探る、ではなく、気付いていなくとも暈すのが鉢屋の常だとすれば、其れは何の違和感もない筈の行動―だけれど。吉野が真っ向から対峙する心算ならば応えてやるのが当然だろう。両手をポケットに押し込めて、僅かに身を屈めて相手の目線に高さを合わせたなら、期待通り口の端を吊り上げて、描いた三日月が不穏な笑みを作り上げる―)…何か用か、吉野?(そうして告げるは、鬼ごっこを知る悪戯めいたテノール)
[No.19] …続きが気になる言い方しないでよ。恋愛話好きね、学生って。 名前:吉野まな(何よりも成し遂げなくてはならないのが担当顧問より言い渡された任務遂行。一度受け取ったそれを、こんなところで終わらせてしまうわけにはいかないのに。このまま波風立てずに終えるためには彼の話に乗るべきだろう、しかし、もし彼が気づいていたとしたら?礼を述べてくる相手に疑心暗鬼な心で答えることはできず、逆に疑うような警戒するような視線で彼を捕らえて呟く、ひとつの疑問。彼の表情の変化を受け止めるのは恐ろしかったがそれでも見逃さないようにとじっと見つめながら、瞬く瞳の持ち主が語る答えに―)…別に、(彼から視線を逸らしてそう返すことしか、今の吉野にはできなかった。彼の口ぶりから吉野が感じることといえば、久々知兵助を探していたという先ほどの話は嘘であること、そして、彼の後をつけていたものの存在に気づいていてその尻尾を掴むために彼は立ち止まり待ち伏せていたのだろうということ。彼の性格をさほど知らないため更に疑りぶかくなる吉野にとって余計な言葉や決め付けは禁句だったから更にそれらに疑いを向けて、―しかし、同じ高さに揃った瞳に視線が吸い寄せられたなら、聞こえてきた声が射抜くように確信をくれた。同時に、小さな小さな不安と焦りも―)は…ちや、が、(誤魔化さなければいけない。彼に知られたからといって誰かに咎められたり罰を与えられたりするわけではないが、それでもここで台無しになるのはそれを引き受けた吉野のプライドが許さないのだ。何か良い言い訳を―頭をフル回転させながらポロポロと零れるように彼の名をとりあえず紡いで時間を稼ぎ、搾り出すように飛び出した言葉は、なるべく動揺を気づかれないようにと割とはっきりした声で―)き、…になって。その、うろうろしてたでしょ、廊下とか。だから、何してるのか気になって…話したこともないし声かけるのもなって思ってこっそり後つけちゃったんだけど、バレること考えてなかったの。ごめん。(まるで最初からではなくつい先ほど彼の姿を見かけ、少しだけ後をつけてきたような言葉たち。少し強引だろうか。しかし咄嗟に思いついた言い訳はこれしかなかった、それに、特別嘘をついているわけではないのだ。彼が騙されてくれるとは到底思えなかったけれど、他の可能性を示す証拠もないはずだと考えて。これで切り抜けられればと視線は逸らさず、上履き越しの両足に床の冷たさを仄かに感じながら――)
[No.22] 簡単に言い触らすと使えなくなるからね。何、吉野も例に漏れず? 名前:鉢屋三郎(もし相手が話に乗って来る様であれば、どんな風に打ち砕いてやろうか―若しくは、当たり障り無く何一つ掴ませないまま会話を切り上げてやろうと思っていたが、此れはどちらになるものか…鉢屋からすれば正直過ぎるとすら思う彼女の反応に、胸中面白く感じながら相変わらず浮かべるのは、不思議そうなそれ。短い答えに眉すら下げて、)やれやれ。お気に召されなかったか。―どっちも嘘ではなかったけど。(見付からないと分かっていた久々知兵助を探し、学内の変化を捉え―嘘ではないのはある意味、と補足が付く事が前提だが。親切心の心算で宣えば、態とらしく貼り付けた表情のまま、今更でも尚善良な振りを続けて―其れも、直ぐに気が変わってしまうのだが。ゆうくりと背の高さを合わせて、得意の半眼でその眸に彼女を映してみれば、途切れがちに紡がれていく、理由。)…俺が?(耳に留めるだけでなく、揚げ足を取る様に言葉を促し、含みの在る笑みは三日月を保つ。其れが時間稼ぎである事は其の口振りと途切れた一瞬がまざまざと物語っており、上手く誤魔化そうとした心算だろうが、鉢屋の双眸には歪んでしか映らない。そもそも、例え其れが真実だとして、容易く納得を示す気合の良さ等鉢屋は到底持ち合わせていないのだから、何を言っても同じだろうが。―通らない言い訳ではないが、今日一日だけの説明にしか当て嵌まらない事を考えれば、無難に嘘―だろうと思う。然し彼女を探るに嘘が上手い様にも思えず、その割にはっきりとした様子―ならば真実も混じっている筈。言葉を待つ間に笑みを引っ込めて、「ふぅん…」、と無感動に声を漏らし乍屈んで縮まっていた彼女との距離を開けば、敢えて、無言で遠慮も何も無く露骨に彼女に疑念の篭った視線を送って。)―話しかけるのも躊躇う様な相手を尾行るなんて、趣味が良いとは思えないけど…まさか吉野が、とはねぇ。まぁ、闇討ちとかでもないみたいだし、尾行られた処で困らないけど。(言外に気にしていないと告げる様な、揶揄した返答―丸で先程の彼女の言葉を鵜呑みにして、冗談へと変えてしまう程のあっさりとした装いは、勿論見せ掛けだけのものだが、「そんなに俺の事が知りたいなら、教えてやろうか?」、そんな冗談が零れる余裕は、溢れていて)
[No.24] 人並みには興味あるけど、別に。っていうか使うって何。悪用? 名前:吉野まな(確かに特別鋭い観察力を持っているわけではないけれど、それにしたって彼の考えが全く読み取れない。此方の意図に気づいているようにも思えるし、気づいていないようにも思える。真実を語っているようにも思えるし、嘘ばかり並べているようにも思える。ふわふわとしていて、けれど隙も容赦もなく、いちいち疑ったり怪しんだりと翻弄されている吉野の脳内はかなり慌しいことだろう。今の発言もまさにそうだ、―嘘ではなかった。どういうことだろう。え?と不思議そうに不安そうに疑問符を返したならば眉を寄せて彼の表情を伺う。もちろん、そこから判別できるものは何もなかった。)まさかって何、私だって人に興味くらい持つんだから。(何かを含んだような彼の物言いにわりとシンプルな返答を。続きを促されたときには痛いほどに心臓が悲鳴を上げたけれど、彼の返答を聞けば何とか無理矢理にでもこの場を切り抜けられるのではないだろうかと少しの希望が吉野の中には生まれた。先ほどの人の良さそうな笑みを引っ込めた彼の表情を見ても此方の言い分を素直に信じてくれたとは思えなかったが、このままそれじゃあさようならと走り去ってしまえば問題はないのではないかという浅はかな考えから安心が芽生える。しかし追って彼が口にした言葉―張り詰めていた緊張のため、そして元からの性格も手伝ってその言葉を冗談だと受け止められなかったし、冗談にしたってそこから得られるものがあるかもしれないと吉野は考える。彼自身が、彼のことを教えてくれる。もし本当にそうしてくれるのならば、直接委員会の弱みに繋がるものではないにしても、鉢屋三郎という人間をほとんど知らない吉野にとって貴重な情報になるのではないだろうか。しかし気を抜いてはいけない、少しの期待と大きな不安、そして疑いの入り混じった複雑な心境のまま、揺れた瞳で彼を見上げて、)…何を教えてくれるの(恐る恐る搾り出した声は、静かに広い廊下へと響いた。)
[No.27] 人聞きが悪いな。只の情報交換だよ。何処に悪い要素がある。 名前:鉢屋三郎(ああ言えばこう言う。屁理屈ばかり得意な鉢屋にとっては言葉遊び等癖の様なもので、思わせ振りな言葉を口にして相手を惑わせられれば此方のものだ―と胸裏ほくそ笑むのは日常だ。追跡者と対面する事が一番の目的だった以上、ついでの其れにまで説明は必要無いと、何て事の無い表情で流せば、)けど、気になったから後を尾行るって言うのは、“まさか”と思われても仕方が無い行動だと思わないか?吉野の得になりそうな理由が有るなら別だけど…そうだな、せめて俺が何か悪さでもする処だったんじゃないかと思っていたとか、もう一声は欲しい処だね。(尾行なんてよっぽど変わった考えがないとそうそう行う事はないだろうなんて自らの行いは棚に上げて、敢えて執拗に攻め立てる風に言葉を続ける。尤も、疑う事を薦めるなんて、彼女に更に疑惑の芽を植え付けるだけだろうに、そう思われる方が慣れているとでも言うかの如く悪戯めいた笑みを浮かべて。吉野と比べて随分饒舌な鉢屋は、最早どんな返答が来ようが交わせる心算で、探る。嫌味な問答に何の痛みも感じなくなったのは最近の事ではないし、対応は堂々としたものである。故に不安気に眸を揺らす彼女の反応は悪戯心のそそられるものであり、其れでいて問い返してこられる性の強さは、鉢屋の眼差しに好奇の色を混ぜる―面白いと、感じるままにくつくつ喉を鳴らした)―それは、お前が考える事じゃないか、吉野?俺は吉野が何を知りたいのか知らないし、適当な事ではぐらかすのは簡単だ。まぁ、かと言ってタダで何でも教えられる程やさしい性格はしていないから、その辺りはよく考えてから質問するんだな(其の返答こそが丸ではぐらかす様でもあったが、答える気がない訳ではないのだろうか、「あぁ、これで一つか?」、とは小狡い計算だが、反応を窺いつつ目を細くして。何故彼女が鉢屋に興味を持つのか、図りかねたままでいる為如何にも性根の悪い返答しか出来なくなっている事には軽く反省に近い―飽く迄近い―感情を抱きつつ、鉢屋こそ、本当は身動きの不自由さを感じていたのだけれど―冷えた廊下は外気の所為だけではなく、互いの温度を表す様に鉢屋に肩を竦めさせた―)
[No.31] …本人相手にちらつかせるんじゃないの?なら、いいけど。 名前:吉野まな(―相手が悪かった。容赦のない彼の言葉の刃―彼にその気があるのかはわからないが、吉野にとって今彼の声は刃物と同じくらい怖いもので。しかしそれでも、次から次へ、余裕綽々とぶつけられる言葉に溜まっていく気持ちが塞き止められずに、)…っ、じゃあそれで!…鉢屋が何か悪さするんじゃないかって思って後をつけてました。これでいいんでしょ(どこか棘を含んだ言葉は、どこか楽しげにも思える彼の浮かべた笑みとは対照的に不満げに尖らせた唇から勢い良く飛び出した。すぐに向きになるのは自分の悪い癖だと解っているのだけれど、溢れ出る感情を上手く調整できるような器用さを、残念ながら吉野は持ち合わせていないのだ。彼は悪くない、どちらかといえば此方が悪いのだろう、もし自分が相手の立場であれば確実に気を悪くしているはずだ、尾行なんて。だからこそ、相手に否がないからこそそれを攻め立てることも出来ず、探ってくる彼から逃げ出す方法も見つけられないまま、冷えた手のひらを握り締めることしかできないのだ。―結局この現状を打破できないのならば、せめて少しでも情報を入手できないだろうか。任務達成を一番に考える吉野はそればかりで、だから彼の言葉は甘い誘惑にも思えるし、簡単に踏み込んではいけない罠のようにも思えるのだが。彼に一番尋ねたいことといえば、予算会議に向けての学級委員長委員会の動きや考えだ。しかしそれをそのまま馬鹿正直に尋ねれば、吉野の行動の目的を白状してしまうのと同じこと。それならばまず純粋に、彼のことについて―)鉢屋は、…何に弱いの?(見上げた彼の瞳は逸らさずに。どんな性格?好きなものは?嫌いなものは?何故、変装をしているのか?彼に尋ねる質問の候補はいくつもあったが、どれもこんな場所でわざわざ尋ねるほどの答えが返ってくるとは思えなかった。それならば弱点を探れと言って来た顧問の言葉を思い出し、思い切ったものをぶつけてみれば、それなりの答えが返ってくるのではないか、と。この質問も彼の想定内だったのだろうかと様子を伺いながら返答を待つ。彼が正直に返してくるかもわからないし、そもそも彼が弱点と定義しているものがあるかどうかすら謎で。対価が必要だという彼は、この質問に大して何を要求してくるのだろうか。金を求められたのなら断ろう。そんなことをぼんやり考えつつ、冷えた空気に奥歯を噛み締めて―)
[No.32] ……情報は一番欲しがる相手に渡してやるべきだよな。だろ? 名前:鉢屋三郎(厭な人間を演じていた方が、早々にけりが付く。許容範囲が極狭く、テリトリーへの進入には敏感な鉢屋だからこそ、愛想の良い振りを交えながらも所々で切り離そうと試みる素振りが窺える。近付いてきた本当の理由は気になるが、厭な思いをさせておけば今後容易に近付いて来ないだろう―なんて。敢えて残した白々しさに終に啖呵が切られれば、ニィ、と性根と同じく曲がった口元は緩やかにチェシャ猫のようなそれを乗せて)…そうだな。取り敢えずはそういう事にしておくか。作法委員のお仕事、お疲れ様です?(素行不審な生徒の追跡ならば、風紀取締りの一環として彼女の所属する委員会の仕事とされて不思議はない。語尾を上げて変わらず逆撫でする様に大袈裟に言葉を紡いだものの、嘘を暴く事は容易でも真実を知る事は総じて骨が折れるものだから、それ以上探る事はせず、気が向けばまた探ればいいだろうと判断したままに打ち切って―。存外素直かもしれないと思わされるが、相手も馬鹿ではない事は承知だ。己を知られずに相手を知るなら、一番に知りたい事は避け、其れでいて必要なものを選ぶべき―自らであればそうしているだろう考えを胸裏組み立てて、相手から掛けられる問いを待った―其れは、悪意ではないにしろ、吉野が好意を持って鉢屋に近付いたのではない証明にも為り得ただろうか。少なくとも、鉢屋に関する何かを知りたいという点に於いては間違いないようだが…何故この問いを持ち掛けたのか。其の一点が、如何にしてはぐらかそうかという考えを勝り、答えればどんな反応を示すだろうという興味を湧かせる。そうして素直に思考を巡らせれば、弱いものと問われて浮かぶ、姿。複数。思案に耽る事を示す様に視線が移ろい、打ち消せず、矢張り其れが一番の弱味だという自覚に意図せず眉が寄れば、其の問いの内容の所為か、導き出された答えの所為か、零れるのは、此処に着て漸くの、真実―)……、………兵助。(若干の苦さも含めて答える様子からも、嘘か真かは明白。珍しく本音を漏らしたのは、気紛れか、其れとも彼女に何か感じる処が在ったからか。何方にせよ、答えの中の一部である其の名だけでは害は無い、と判断した。名物コンビと呼ばれる相方なら未だしも、先程も口にした彼を挙げる真意は、容易く見破られるものではないはずだから。―けれど次いで口から漏れるのは溜息で、ポケットの中で温めていた指先に力を篭めれば、きゅ、と廊下にゴムの擦れる音を鳴らさせて身を反転させ―吉野の反応も余り観察しないまま、一歩、また一歩と―その場を離れ始めて。「別の質問。―次までに」、背後に向けて片手を上げて言い残した其れは、如何やら今回の質問で鉢屋が求めるものなのだろう。初めは此れっきりにしてしまうつもりだったが、どうでもいいとも感じていた筈の、彼女が鉢屋を探る理由が気に掛かったものだから。次は直接会いに来る様にと、―其れに答えるか如何かは、今は判らないが―多少は犠牲を払う可能性も有る口実に彼女が従うかは鉢屋の知れた事ではないが、退屈な日常の小さな変化。恐らく其の程度の思いで、階段を下りて行こうか。直ぐにも消える影は気の向くまま、ほんの僅かな好奇心を疼かせて―)
[No.34] …黙っていて欲しい人もいるってこと、わかってるくせに。 名前:吉野まな(彼の浮かべる笑みとは裏腹に、―いや、その笑みを浮かべているからこそ感じるどこか刺さる棘のような感覚。歓迎されてはいない、好きにはなれない空気だ。その口元に描かれた緩やかな笑みは、気を抜けば彼に全て見抜かれてしまうのではないかという危機感を吉野に感じさせた。取り敢えずは。その言葉が、彼の余裕を物語っているようで。しかしこれ以上探られずに引いてくれて良かったと内心ほっとため息を吐いた、これ以上詰め寄られてしまったらきっと自分は負けていただろうから。理由は述べないにしても、何も返せなくなっていたに違いない。ここまで手ごわい相手だとは知らなかった、今後の対策を練らないと。顧問にも相談するべきだろうか。オーバーヒートしそうなほどに動き回る脳はあれやこれやといろいろなことを巡らせるのだった。しかし自分の質問に彼が黙り込み思案顔を浮かべたならば集中する先は彼ひとつだ、どんな答えを返してくるのだろうかと。真面目に考える素振りは演技かもしれない。汲み取れない答えを返してくるのかもしれない。どんな答えが返ってきても何かを探り出してやろうと身構えていた吉野に届いた彼の答えは、身構えていた場所の更に奥、予想もつかないもので、)へ、…すけ、って、…くくち…(彼の声、そしてその表情からおそらく真実だろうと受け止めた吉野は更に不思議そうに首を傾げる。先ほど話にも上った男、目の前の彼が探していたという男だ。再び発せられたクラスメイトの名に浮かぶのは疑問符ばかりだ。彼の考えなど読み取れずただクラスメイトの姿を思い描き、この男が弱点とはどういうことだろうかと考えを巡らせていた―ところ、静かな廊下に響く高い音。)え、ちょっ、と待っ…!(呼び止める前に届いた彼の声。返事を返すことはできなくて、ただ彼の背中を見つめたまま、その姿が見えなくなるまで見送ってしまう。)べつの…(質問を、次までに。先ほどの彼の言葉を脳内で繰り返しながら、力の抜けた身体は背中を壁に預けて。大きく息を吐くと、一気に緊張から解放されるようだった。一先ず、助かった。振り向いた彼が見えたときは終わりだと思ったから。―それにしても。別の質問を考える前に、まずやることがあるのだ。久々知兵助に、いろいろ聞きたいことがある。彼にばれないように調査を進める方法も考えなくてはと更に意気込んだ吉野は、よし、と声に出さずに浮かべれば重心を足へと戻して歩き出した。――しばらくは、クラスメイトのとある男子に詰め寄るように近づく吉野が見れるだろうか。)