[No.3] (放課後、校舎の棟と棟の間の、人気の無い肌寒い場所で―) 名前:綾部喜八郎
(1日の授業がすべて終われば、普通の生徒は今から委員会か部活動かといったところか。綾部も常ならばある意味部活動とも言えなくも無い穴掘りを決行しに用具倉庫へ入れっ放しのシャベルを取りに向かうのだけれど、今日は何の気が向いたのか今日はそこへは向かわずに、迷っている素振りの無い足取りで校舎の棟と棟の間の、薄暗い場所へと歩を向けた。もさもさとした木々が隙間を空けて植えられており、日もあまりあたらない位置な所為か、ショートカットする生徒以外はあまり入り込まないようなだ。そんな所を綾部はひょいひょいと慣れた様子で歩き、その歩調は時たま不規則に大きくなったり小さくなったりと、不自然でない程度に幅が変化する。普段から飄々とした歩き方をしている綾部ならば、特に違和感の無い程度の歩き方だろうか。―その歩調の変化は至極単純に、綾部が自分で掘った穴を避けて歩いているから、なのだけれど。その所為で方向性も直線ではなく曲線、木々の間に色素の薄い髪と大き目のサイズの制服がちらちらと見え隠れする。そして、綾部以外には分からないと常日頃はいわれている目印を頼りに、器用に隠れた、案外と深さのある落とし穴を次々と避けて―)
[No.7] …静かな場所とか、お好きなんですか? 名前:千曲若葉(やるからには全力で取りかかろうと思うけど、決意が結果に伴ってくるかと言えば、なかなかそうもいかないもの。秘密の任務遂行の為、調査対象である彼と同じ委員会のクラスメイトに、「綾部先輩ってどんな人?」とど直球を振りかぶるくらいには考えなしに調査を進めて―数日で得た成果はと言えば。『すごく、穴を掘ってる』、と見たままでしかない、あまりにも知られたもののみで。つまりは彼の委員会の後輩すら、曖昧に答えを濁したものだから、)ううん…。浦風でもわかんないってことは、ものすごく頑張ってもむずかしいってことなのかなー…。(―自然とそういう結論に行き着いてしまう。かと言って、そこで諦める程時間が過ぎた訳ではない。分からないなら少しずつでも知るしかないと、今日も放課後になってすぐ下手な尾行を開始したのだけど、)?…今日は穴掘りしないのかな?(どこいくんだろー。と呑気に、一定の距離を保とうと必死に後を追えば、彼が入りこんだ薄暗い場所で、姿が木の陰に隠れて消えたりする様子に見失いかけてしまって。慌てて彼の後に続いて、始めはふらふら彼につられるように蛇行していたが、彼がここに穴を掘っていたなど、見ていた癖に千曲はすっかり忘れている。存在すら頭にないのだから、偶然は何度も続かず、気づいたときには、足元の抜ける感覚―それとどすん、と着地の衝撃。)―ひ、…?!…ぇ、あ、………………っび、…くりした…。(悲鳴をあげるよりも、痛がるよりも、まず呆然と呟いて、ゆるりと辺りを見回して自分が穴に落ちたのだと確認する。どこどこ鳴り続ける心音と違ってゆっくりと、ぱちりぱちり、瞬きを繰り返して穴の外をを見上げれば、)あやべ先輩は、どうして穴を隠しちゃうんですかー…?(思ったより深い穴に、どうしていいのか分からないままの体勢で、スカートの皺だけ直しながら、へろりと情けない声で彼を呼んで――そこにまだ居てくれれば、いいのだけど、)
[No.10] うん。誰にも何も言われない空間の方が、気が楽でしょう? 名前:綾部喜八郎(基本的に何かに捕らわれることを嫌い、そして予定外の何かが自分に干渉するのを疎ましいと感じる綾部が、ここ数日の自分を追う何か、を心地よいと感じるはずがなく―また、それを受け流せる程できた人間でもなかった。綾部のことを良く知る数人しか気付かない程度の不機嫌さは確実に溜まっていて―そして本日決行したこの、積極的な罠にも似た行為。引っ掛からなければ別の手をとまで悪知恵を働かせていたのだけれど―歩き始めて暫く、背後で何かが穴へと落ちた音を拾えば、ようやくその足を止めた。)―……単純…。(思わず、そんな独り言を零す。足を止めて少し、物音に耳を澄ます。特に騒ぎも無いところから、相手は一人だと考えてよいのだろう。さくさくと土を踏みしめながら、来た道を数歩戻れば、穴の中から幼い声が響いてきた。その、自分のへ敬称で穴に落ちた相手が後輩であり、そして自分の事を知っているのだと理解する。とはいえ、元々全校生徒数が少ないこの学園だから名前と顔が揃うぐらいは珍しいことではないのだろうけれど。そんな中、相手の声に全く聞き覚えの無い綾部は軽く首を捻る。後輩女子の知り合いなんて、同じ委員繋がりの数人だったはずなのだが、と―。)……それはただの穴で 落とし穴じゃない…から?(語尾があがるのは綾部自身もその答えとなる回答を所持していないからだ。答えを告げながら、穴の淵で腰を落とせばひょいと中を覗き込んで、)………おや、まあ…。(一応は落ちた相手のことも考えた深さや柔らかさではあるけれど、落ちた相手が女子で―そして先ほどの呼び名や、自身の後輩とたまに話してるのを見かけたことがあるという事で後輩、年下だと、穴の中の人影を見てようやく核心をもって理解した。罪悪感や申し訳なさを、4年間無差別に穴を掘っては人を落とし続けている綾部が今更強く感じるわけではなかったが、意図的 に、人を落とそう、とした結果がこれでは多少力が抜けてしまって。)……それで、私に何か用事?(助け出すとかそういった事は念頭に無く、落とした相手に謝るというのは選択肢にすらない。ただまずは、自分の用事を片付けるとばかりに、ストレート直球で問いかけ―)
[No.14] んん。…でも、一人ばっかだとちょっと退屈になりませんか? 名前:千曲若葉(ここ数日の尾行が、途中で人にぶつかって大声で謝罪を告げてしまったり、身を隠すはずの壁から堂々とひょこひょこ頭が出ていたり、そんな風にどんなに下手くそであろうと、千曲本人は全くばれてない気でいた。真剣に。だからこそ思わぬところで引っかかった落とし穴には、引っ掛けられたのだという認識も、なかったりして。それでも穴に落ちた音に気付かれていたら、そのまま隠れている事も不可能だと思ったから、もういいやと投げやりに問いを投げ掛けて、それが返ってくるかは分からなかったけど、確かに聞こえた彼の声。答えのような、そうでないような、曖昧な語尾のあがりに負けじとクエスチョンマーク飛ばしつつ、それは知らなかったとばかりに感心を声に乗せて。)…??いつも、落とし穴を掘ってたんですか…?(複数作られている穴たちは、てっきり別の用途があるのだとばかり思っていたけど、今の返答から、落とし穴として作られたものなら人が落ちる為にある―のだろうか。外に向かって問いかけてばかりいれば、穴を覗き込んだ彼と目が合う。)…ぁ、こんにちは。3年は組の、千曲若葉です。(とそのままの体勢で思わず自己紹介をして、へこりと軽く頭を下げてしまうのは、状況を間違えている事この上ないと言えるかもしれないけど、問われた声にきょとんとしながら、これまでの行為は用がある事になるのだろうかと頭の中でぐるうり自問自答してみて―その末に、ぴこん!とビックリマークを頭上に閃かせたような表情で手を合わせた。)綾部先輩って、弱点ってありますか!(分からないなら本人に聞けばいい―碌でもなさ過ぎる思考に至った千曲は、名案とばかりに直球の問いにど直球で返して、くるくる彼の顔を見上げた。とは言え弱点なんて聞かれていい気がする者などいないだろう。そこまでの考えは足りないのか、期待に満ちた瞳でじいっと反応を窺って、)
[No.17] ううん。それに、退屈になったら誰かに会いに行けばいい。 名前:綾部喜八郎(綾部で無ければもう少しスマートに、千曲との対面を済ませられたのかもしれない。不明瞭な何かを判別するために穴に落とすというのは綾部で無ければ考えはしても実行しないような、そんな行動だろうから。多少の痛い思いをしただろう穴に落ちた相手―上から見下ろしている所為か、思っていたよりもちいさくちいさく見える。改めて見下ろす彼女に、やはり後輩と一緒のところをたまに見かけた、という以外で特に目立った印象は無く。そういった点では、綾部はここ数日追ってくる視線以外では千曲の失敗には気付いていなかったともいえて、ある意味では上手な尾行をしていたといえなくも無かっただろうか―。新発見だというような色を帯びた言葉には、)うん。(けろりとした表情で落とし穴の事を肯定する姿はそれを当然だといわんばかりのもので、「でなければなんだと思っていたの」と、続けて重ねた声は純粋な問いだったのだが、感情の滲み難い綾部の口調では呆れたようにも見下したようにも聞こえてしまうのは、綾部の自覚のある悪癖ではあった。改善はしていなかったけれど。――覗き込んだ穴の中、目が合った相手から自己紹介をされれば少しだけ目を伏せて、聞こえていたと言う事を告げるためだけにほんの少しだけ頷いてみせる。重ねて自分の自己紹介をしないのは、必要がないから と、綾部が勝手に判断したからで。―何の用事だと自分の問いかけは直球だという自覚はあったが、それを上回るまっすぐ具合で質問が飛んでくればなんだかもう議論する気も薄れていった。変わりに少しだけ芽生えた好奇心にはまだ蓋をしたまま、そうっと首をかしげ、)……弱点?どうして?(問いかけに気を悪くした様子はない。ただ、真面目に答える気もあまりなさそうだ。質問に質問を重ねる古典的な逃げの一手を取って、その光らんばかりの瞳を中々に感情の読み取りづらい瞳でまっすぐに見返して―)
[No.20] あ、そっか。…あんまり誰かと一緒にいるの得意じゃないですか? 名前:千曲若葉(スパイをして来い、ええとはいわかりました―そんなレベルの会話しかしていない、学園長のいつもの思い付きでしかないだろうそれに、大して危機感など覚えている訳もなくて。わーしまったなあ、程度の感想を内心に、今が不味い事態だとは到底思い至らずにいたから、割りと普通に、会話をしてしまっていただろうか)…んと、落とし穴っていうより、ただ穴を掘るのが好きなだけなのかなって…思ってたんですけど、……?(そう言う訳ではないのだろうか。千曲の言葉を簡潔に言えば、ただの穴であって落とし穴ではなく、偶然穴に落ちる人が多発していただけ―と思っていたが、そうか落とし穴だったのか、と納得しながら、「これすごいですねー。すごく深いですよ!掘るの大変じゃなかったですか?」なんてあっさり興味を穴に移して、感動までしている様子では、彼の言い方にもし実際見下したようなものが含まれていたとしても気が付かないでいただろうか。彼と同じく、割りと千曲も考えが読み取れないと言われる部類ではあって―ただ千曲の場合は、考えが外にどんどん漏れていくものだから、何を考えているか分からない、と言うより、何でそうなったか分からない、という方が近く、存外、マイペースなまま、見上げた彼の返答。残念ながら返ってきたのは答えではなく問いだったけど、考えることが苦手な千曲にとっては、「ええと…、どうしてだろう…?ええと…、」と考えることに意識が外れ、かわされたのだとは、思いもよらず、)…あやべ先輩が、何でもできそうだから?…かなあ。うんと、私は綾部先輩のことが、知りたいだけです!好きなものとか…うん、たぶん、そういうの!(学園長や先輩は、何て言ってたっけ、と内心思い出そうとするも、大して成果は上がらない。でも、だから、ここ数日追った彼のことが全然分からないという事実が、そんな結論を導き出し。へらっと、気の抜けた笑みを返そうか―)
[No.23] 逆。……さっきから質問ばかり。飽きない? 名前:綾部喜八郎(綾部としては数日間のもやもやの正体を漸くに発見したという、そんな心境にもかかわらず、千曲は至極普段―を、知りはしないけれど その自然体具合からそう判断した―通りで、違和感を通り越してふと一瞬自分は人を間違えて落としたのでは無いか、という所まで思考が吹っ飛びかけるも、千曲が落とされた時に自分の名を呼んだことを思い出せばやはり彼女が視線の主ということで、想像と現実の落差をひしひしと感じつつに、)…………最近は、落とす練習を しているから。(少し前に委員長に言われた、落とす相手を選べるようにとの言葉に使命感を―といえば聞こえは良いだろうけれど、実の所はただ単純にそっちの方が楽しそうなんていう理由で。普段は疎ましがられるのが関の山である穴を、こうも素直に褒められるのは、妙に居心地が悪い。慣れないその言葉は怪訝そうに瞳を伏せることで聞き流すこととして。掘るのが大変かと問われれば一つ頷くも、たいした苦でもないといわんばかりの色をこめて、「でも、土やわらかいでしょう」と続けてみせた。―問いかけた質問に正直に回答を探そうとしているのだろう事は、表情や声色から素直に受け取れる。穴の淵にちょこんと座り込んだまま、ええと、という千曲の呟きに連動するように首をひねり、ひねり、髪を揺らして。最終的に放たれた結論にはパチリと目を瞬かせ、)……綾部喜八郎、4年い組、作法委員。牡牛座、AB型、161cm。…少なくともじろじろ見られるのは好きじゃない。(笑顔を浮かべる千曲とは対照的に相変わらず唇の端がドット単位ですら変化しないまま淡々と。初対面の相手に意図的に多少の毒を混ぜるのは中々に珍しかった。そして一度息を付いたのなら、首をかしげて最低限の言葉で問いかける。)………藤内?(疑問符が付いている語尾の上がり具合だけがそれを質問だと示しているか。綾部の言わんとする意図としては「藤内が何か言ったのか」に近く、むしろ彼しか自分と彼女をつなぐ何かが発見できないため、いざとなればもう少し荒ぶれる藤内相手に聞き出そうとか、そういう魂胆で―)
[No.25] 逆?…は!わー、ごめんなさい!…でも、知らないこと、多いので 名前:千曲若葉(調査相手に見つかって言葉を交わしているという現実は、千曲にとって美味いも不味いもなく、ただ立場をさっぱり弁えないままに、よく知らない彼の返答がそれは新鮮で、疑問と感動が交互に、千曲の表情をくるくる変化させる。)……へぇー…?……??…無差別にですか?(何だかすごいことを言われている―ような気はするのに、残念ながら理解力がついていかず、もう少しで答えに辿り着けそうな気はするのに、そこまで言われてもまだ自身が落とされたのだという結論に行き着かないで。頭上に浮かぶたくさんの疑問符。それでも、千曲が星空にロマンを感じるように、彼にも千曲の知れない穴掘りの魅力があるのだろうと思うから、穴に落ちるという滅多にない体験を面白く感じて素直に感想を告げたのだけど。伏せられた瞳にあれ?と一瞬疑問に思うも、続いた質問の返答を耳にすれば、意識はあっさり移されて、「あ、そっか!やわらかいところと、固いところがあるんですね!」なんて、あまりにも当然なことを新発見かのように口にすれば、「すごーい、プロみたいです…。」と、何のだと問いたくなるような―勿論穴掘りの、だろうけど―感想を付け足して。―きょとり、きょとり。丸い目を思考の巡るままにくるくる動かして、漸く導き出した結論―に、今更ながらに告げられる自己紹介は、たぶん、渡された資料の中にある気がする。否、身長はなかったかもしれない、とぴこり、少し嬉しそうに発見を頭に刻み付ければ、じろじろ見られるのは、と彼の口から紡がれる言葉にはっとして、あわあわと千曲と彼の間を、自身の両手両腕で、遮って、)わー、ごめんなさい!こっそりちょっとだけって、思ってたんですけど…!そっか、そうですよねー…。(しょんぼり、そんな擬音を背追って彼から視線を外しつつ、戻ったら学園長と先輩に、「綾部先輩はあんまりじろじろ見られるのは好きじゃないそうです」と参考にならない報告をしてこれについて検討してもらわなければ、と使命を全く果たせていないどころか彼の意見を汲もうとしている辺り頼りないことこの上なく。しかし逸らしていた視線も、ふと問いかけられれば彼に戻す。ぱちくり、何を求められているのか分かりませんといった様子で、「浦風?」が、どうかしたんですかと反芻して。そんな様子から、クラスメイトは関係ないことは伝わるだろうけど―)
[No.28] …でも、教えられる答えが必ずしも正解だとは限らないよね。 名前:綾部喜八郎………うん。(無気力―というのも綾部を表す無シリーズの1つに付け加えられる。一般的に見ると筋の通らない話でも綾部の脳内では順序だてたそれだからこそ、頭の上にはてなを並べる相手を相手にすると綾部の頭の上にもはてなが浮かぶ。恐らく先輩の鑑としては後輩が納得行くまで説明を重ねるべき―なのだろうけれど、生憎と綾部はそういった性質ではない。話が通じなければそのままポーイと話し合いを放棄してしまうのが気質の一つだ。無差別に、というその問いへの返答は実際NOではあったのだが、もういっかそれで、なんて思えば無責任にもこくりと頷いたり―。―綾部と千曲の間を、彼女の手が揺れる。悪意を混ぜたつもりが、それを素直に謝られれば何とも複雑な気持ちになる。謝られたいわけでは、無かったわけで。かすかにだけれども目を細めれば、)………分かればいいの、次は気をつけて。せめて、隠れずに。(直接目の前でじろじろ見られるのならいっそ、対応しやすく。それはそれで綾部の神経も少しへそ曲りな所があると言える所ではあったけれど。自分が後輩の名を、何の説明も無く出せば、それをそのまま単純に反復される。それに加えてまんまるに瞬かれたその表情は、自身の後輩が無実であることを示している―が、この場合に限ってはその無実はあまり嬉しいものでもない。同じ学年の学友や綾部自身も、それなりに“話の通じない”分類の人である事は客観的な意見として理解してはいたが、一つ年下らしい彼女もそれに負けず劣らず具合なのを、綾部はここ数回の遣り取りで理解をしていた。だからこそきっとこれ以上問いかけても今綾部が持っている情報以上のものは手に入らないだろうと。何より自分が誘導尋問染みた会話を得意としていない事は知っているし、そういった面倒な作業は自分と彼女の間にいる後輩に押し付ければいい―と。此処までを、じっと彼女の目を見つめたままに考え終えるのに、有したのは数十秒。その間、全くの無言で。口を開けば、「うん。」と―その言葉は上下の脈絡を考えるのなら彼女の問いに頷いた様にも聞こえるだろうが、綾部の中ではそれは“自分の中で納得”した合図だ。すっく、とその場で立ち上がれば、親指の付け根辺りまでを隠す袖で汚れてもいない膝を少し叩き、)―…それじゃ。(もう用は無いとばかりに、ひょいとその場を去ろうと。穴の中からの視界からは、綾部は簡単に消えるだろう。―その事に対して千曲がどう反応するかはともかく、ひょいひょいと相も変わらず飄々と穴から遠ざかり始め―…、そんな綾部が、ふと思い出したように帰ってきて、「でれるの?」なんて問いかけるのは数分後で、―。)
[No.29] ……、…………??(心底分かっていない表情) 名前:千曲若葉(綾部先輩がそういうんだからそうなんだろうなあ――返ってきた肯定にあっさり納得して、「そうなんですかー、」と気の抜けた声で応える。分からないから聞く。聞いたら教えてもらえる。教えてもらったら理解できる。子供の言い分丸出しの考えは、実際最後理解に欠けているのだけど、教えてもらえるからこそ自分で考える、という能力が足りず、それが嘘でも知らないまま飲み込むことになって。それでも言葉少なくなっていく彼に、多少なりとも不安を感じるところはあった。元がそうなのだろうとは思いつつ、肯定には納得、否定には疑問、そんなパターンしか繰り出せずにいたから、)…!…はい、わかりました!あやべ先輩の邪魔にならないように、会いにきます!(―会いに来る時点で邪魔になる気がしなくはないけど、謝罪に対してそれほど咎める言葉が続かなかったことにほっとしたのか、はたまた会いにきていい、という解釈が出来た返答に嬉しくなったのか、ぱあ、と表情を咲かせて頬を緩めて。「今度、お詫びにおかし、持ってきます!」ぴこりと名案だとばかりに手の平を合わせたまま、スパイだから隠れなければという考えが一掃された今、堂々と千曲らしく動きやすくなっているのだろうか。―否。元々こんな調子だったかもしれない。クラスメイトの彼が何かあったかなあと、苦労の耐えなさそうなあの顔を思い返して―やっぱり頭を抱えている姿が思い浮かんで、今度労わってあげようと決意した―それでも頭上のはてなは消えず、見つめられるままに見つめ返して、返答を待つにしては少し長い時間、漸く返ってきた肯定に、浦風についての何かを聞きたかったのだろうと―そこまでは理解できた。それから、その頷きが打ち切るもので、千曲の返答では足りなかったことも、幾度とない経験で本能的に気付けるようになっていたから、「あ、」と慌てて声をかけようと思いはしたけど、既に彼は立ち上がっていて、申し訳なさにぐるぐるしているまま、見送りも出来ずに彼はもう見えなくなってしまって。)わー…。ごめんなさい。…あんまり上手に…できなかったかなあ……。(穴の中でそのまま独り反省会開催中。しょんぼりと穴の中で体育座りのまま、でもちょっとくらいは成果が上がってるだろうかと持ち前のポジティブさでむくむくと回復しつつ、立ち上がれば―ぱちりと、去ったはずの彼と目が合って「あ、ぇ?」と間抜けに瞬きを繰り返して、)あ、えと、はい!……た、たぶん!だいじょうぶ、です!きっと!(希望的観測でしかない言葉を並べながら、慌てて這い上がろうと試みて、なかなか、鈍い動きではあったけど、軽々ととはいかないものの、どうにかこうにか出られそうで――一生懸命よじ登りつつ、緩みそうになってしまう口元を何とか堪えて、漸くの地上、へたり込んだまま、まだ彼が側にいてくれるなら、「戻ってきてくださって、ありがとうございます、」と頼りない笑みを浮かべるのだろう。元々は彼が掘った穴だとは言え、これだけで、充分すごいことなんじゃないだろうか、なんて、もしかしたら彼には失礼な認識かもしれないけど、今日の収穫としては、千曲からすれば、誇れるものだった―)