( 川西左近
(迷路のような学園の3棟から1棟へは、実はそれほど距離は無い。1年を過ごして大体の近道などを覚えた川西は、それでもゆっくりゆっくりと意図して低速で歩いていた努力も虚しく、溜息を数度ついている間に到着してしまった。純白を誇るその扉を前に、毎回の委員会の前のように深いため息をはいて、諦めと言う名の意思で腹を括り、扉を開けた先で―…ミイラ男を見た)
…………何してるんだよ。
(床に散乱する包帯と、そこに積み重なるように倒れた小柄な体が2つ、誰かは確認しなくても分かった。かわにしさこんせんぱいぃい〜、なんて泣きついてくる後輩二人を面倒臭そうに一瞥すれば、その場でしゃがみ込んでミイラ男の端を手に取り)
…乱太郎も伏木蔵も、包帯に勝手に触るなって言われてただろ!…ったく、汚れてるし………って、動くな乱太郎!お前も暴れんじゃねぇ、この馬鹿!!動くと余計絡まるっつってんだよ!!ちょ…っ、と待て!うわっ、一人ずつ、…って、うわあぁあ?!?!
(伏木蔵の包帯を解いていれば真横から私も助けてください〜とよろめいてきた乱太郎―不運が不運を呼ぶ連鎖。葛藤虚しく彼もまた、包帯の海に巻き込まれて―)

おわっ!?ちょ、数馬、こっち来ちゃ駄目だからね!動かないで!
( 善法寺伊作
(一年は組は群を抜いているが、は組の補習の多さはどの学年も恐らく似たり寄ったりだろう。例に漏れずは組である善法寺、勿論補習授業があったのだがそのテストはたまたま善法寺の得意が出た為運良く補習免除になったのである。補習組から「お前絶対なんかある」と言われ、否定も出来ず苦笑を返し、階段から落ち人とぶつかりプリントをぶちまけ喧嘩に巻き込まれ―恐るべきは全て善法寺にしてみれば日常生活の一環で有り最早些事であり―ながらも保健室にたどり着けば笑顔で戸を開けるのだ。そしてその視線の先に、現在進行形で規模が拡大しつつあるのだろうぶちまけられた包帯の海と絡まった後輩三人を見つければ大慌てで救出しようとして―包帯に足を取られすっころぶのか)あいた!っつぅ……(カバンごと倒れこみ強打した額を押さえながら、まず後輩等の怪我の状況を聞いて。ただ単純に包帯の整理中に絡まったのだと聞けば安堵の表情を浮かべ、先ず包帯の前に後輩の救出にかかろうとして。恐らく彼が一年生を巻き込んだとは考えられないから、一年生を助けようと巻き込まれただろう二年生の名前を呼んで、所在を確認する。不可視な訳ではないが意識と気力の確認の為である。巻き込まれた時に何処か打ったのだろう涙目の二年生を助け起こして瘤は出来てないか確認をしようとした時には既に立膝をしている善法寺の両足は包帯の海に捕らわれていた。トラブルがあれば必ず巻き込まれるのが保健委員のお約束であるから不思議でも何でも無かったのだが。その状況で怪我のチェックをして、痛くない痛くないとすりむいた腕に何時も携帯している救急箱―薬草園と同じくこれにもご丁寧に名前が書いてある―から消毒を出し手当てを済ませ、うごうごと蠢く一年生の救出にかかるのか)―よし、左近の怪我は多分これで大丈夫。後でゆっくり見るからね。それじゃあ乱太郎、伏木蔵、ちょっと動かないでいるんだよ。これ以上動くと悲惨なことに―嗚呼!数馬、こっち来ちゃ駄目だからね!(保健室の入り口に立つ三年生に声をかける。彼も今年で三年目、この悲惨な状況も把握しているだろう、しかし其処で予想外だったのは、端のソファにでも避難しようとした彼が善法寺の投げ出したカバンに足を取られ、結局包帯の海にダイブしてきたことである。器用に絡まれるのは保健委員だからか―最早笑うしかないだろう、皆包帯まみれで床に座り込んでいる状態である。)―…頑張って、片付けようか。乱太郎と伏木蔵はちょっと動かないんだよ。僕と数馬と左近でやるからね(へにゃりと気の抜けるような笑みを浮かべてから、後は只管包帯を巻き取るばかりである。その状況でほのぼのと世間話が出来るのは最早慣れきっているからか、本日の重傷者は恐らく保健委員がほぼ全員持っている救急箱の中の包帯でまかなう事になるだろう――)

…今、一週間かかった大掃除を思い出しちゃった…、…デジャヴ?
( 芳川菜生
(終礼を終えて大方が委員室に向かう中、身支度を整えた芳川も例外なくこれから委員活動に赴く一人である。鞄には、本日のおやつが人数分。後輩からのリクエストのキャラメルクリーム味とパンプキン味のフィナンシェを、昨晩、弟達の分も合わせて多めに作ったものだ。元々は食卓に出すお総菜を得意としていた芳川、委員に入ってから週一のペースでおやつを作るようになってからはお菓子作りの楽しさにも目覚めたりして―どちらも食べてくれる相手の笑顔が見れる醍醐味は変わりないのだけれど。廊下で友人と別れて保健室に向かう道中、逃げ出した兎を捕まえようとして咬まれた小さな生物委員に出くわせば、委員一人一人に支給されている名前入りの救急箱―これといい湯飲みといい、何故だか備品は名前入りのものが多い―を開けて手早く応急処置を済ませる手際は慣れたもの。ぺこぺこと頭を下げる姿に頬を緩めつつ、今度は気をつけてね、と手を振って見送ってすぐそこに見える保健室へと歩みを再開して――扉越しに届いた賑やかな声に嫌な予感が過ぎったのは、経験上 気のせいでは済まされないものである筈。何があったのかと慌ててガラリと戸を引いた彼女は、視界を占める白色に瞬間言葉を無くして、)―ひゃ…っ!?(無意識のうちに踏み出していた一歩が、その白に絡め取られたのは直後。高い悲鳴と共に鞄を下敷きにして倒れたその体は、包帯の海に沈み込む。軽く打った腰を撫でながら、ぱちり、ぱちりと瞬いた瞳に映る遠くで蠢く白の塊、その手前で不自然なまでに包帯に巻かれている二年生三年生、そして委員長―。今日はこういうハプニングなのね…、とちょっぴり涙目で肩を落としてしまう位は許して欲しい。兎にも角にも、気を取り直して惨状と向き直ったなら)…ええと、この保健委員ホイホイみたいなものを片付ければいい、んだよね?わたしも手伝うよ、―おやつ持ってきたから終わったら皆でゆっくりしようね、がんばろ!…善法寺くんはあとで額、冷やそうね。(手始めに足に絡まる布から巻いていき、委員長に視線をやっては己の額をトンと叩いた。恐らく彼も巻き込まれて強打した額を赤らめるも、後輩の救出を優先しているのだろう。お人好しな人で、だからこそ委員皆に好かれているのだろうけれど、なんとなしに放っておけないこの感覚は弟や後輩に向けるそれと大差ないのは内緒の話。―この状況で暢気に話しながら片をつけて、皆の打ち身の手当てをしてから一休みしようと後輩がお茶の準備をする傍ら、お茶請けを取り出そうと鞄を開いた芳川が凍りついた視線の先、は――捨てるには勿体無いからとぺちゃんこに潰れたフィナンシェを食べながら、ふと唐突に、保健委員の本来の仕事ってなんだっけ、なんて。脳裏を過ぎったそれは考えても意味がない気がして、笑顔で平らげてくれる後輩に和みつつ熱い緑茶と一緒に喉の奥に流してしまえば、彼女の唇にも柔らかな綻びが生まれるのだ―。)