(委員会室前。朝は制服でも放課後になれば三日に一度の割合でジャージ姿の善法寺はそこに居た。体育の時限定で邪魔だからと括られる多少長めの髪が未だ後ろで結われたままなのを見れば、今日のジャージの理由は体育だとわかってもらえるだろうか。―つまりそこには不運と言う他の理由も立つ事は否めないのであって。病人怪我人を第一とする保健委員会は会議すら保健室で行う為、委員会室は殆ど物置と化している。備品であったり予備の着替えであったり様々なものが置かれているが、主にはやはり保健室を利用する為室内においてある物の絶対数としては少ないのだ。―片付けは保健室だけで十分だと、そういう意味が無いことも無いのだが。そんな滅多に利用する事の無い委員会室でも保健委員長である善法寺であれば姿を見かけても不思議ではないだろうか。無論、善法寺一人であると言う光景は珍しいかもしれないが。――鍵を忘れて取りに戻るというポカは既に先刻やらかした。本日何度目かの委員会室訪問の理由は、今着ているジャージにあって。一応二着予備として保健室に常備されている善法寺のジャージだが、体育、不運と立て続けに起こり現在保健室にはおかれていない状態なのだ。予備の予備、と言うよりも保健委員用にある無記名のそれを探しに来た訳である。ついでに、今朝方室内干しにした自分の予備のジャージの確認。こういう日に限って後輩も水害に巻き込まれたりして、替えの服が要るなんて事になりがちなのだ。無論、今此処で入手したジャージが駄目になる可能性もあるのだが。――寒空の中水浸しで帰るのは嫌だな。眉間に皺が寄るのは寒空の中帰ることになるのは善法寺だからである。後輩に風邪を引かせるくらいなら自分が引く。うつしてしまう事もあるのだが、出来れば後輩の健康は守りたい。さっさとジャージを探し出してしまおう。鍵を差込開錠して、いざ委員会室に入ろうとしたのだが―荒れ果てた委員会室に絶句し、戸に手をかけたまま、暫く呆然とするのだろう。何があったか、それは保健委員会の委員会室としては不釣合いな白いボールが原因だろう。空気の入れ替えの為開いた窓。窓ガラスが割れてなくて良かったと思うべきか、不運を嘆くべきか。人間であれば学園のサイドワインダーから逃げられないだろうが無機物、それも校庭で頻繁に使用されている侵入者は防ぎようもない。体育終了後に新野先生から鍵を借りてジャージを干して、鍵を返して序に保健室で何か足りないものはとリストを探して、教室に戻り自分の預かる鍵を持って帰ってきた、その時間内にピンポイントでとなると自分の体質に折り紙以上の何かが付いている気がしてならない。時間にして若干十五分。LHRまではまだ時間がある。多少でも手を付けておくべきか―眩暈のしそうな悲惨な光景に、深い溜息をつくのだろう、)
(基本的に急ぐ事を余り好まない夙川は、余裕を持って行動をする事を良しとしている。だからこそ、こうして夙川が廊下を走るという姿は珍しいものであった。一部の生徒が日々行って居る様なパン競争の為の全力疾走等とは比べ物には成らないが、夙川にしては珍しい程の急いた足取りは軽い音を廊下に響かせる。今日の委員会迄に提出と言われていた書類の整理が終わって居ない今、LHRを利用して終わらせて仕舞おうと資料を取りに委員会室に戻ったら中々肝心の書類が見付からず、漸く見つけたと思ったら思っていたよりも時間を食っており、慌てて教室へと戻って居る―と言うのが、夙川が息を切らせている理由か。間に合うためにせっせと走ると言う程度には、予算会議前というのにも関わらず偶にグラウンドで行われる鍛練のお陰でマシになった運動嫌いです病。―会計室を出て廊下を一度曲がれば後は階段に向かって真っ直ぐ…、と体を90度回転させた所で、緑を纏った人型が廊下の中程に立って居るのに気付いた。見慣れた―というのは余り宜しくない事ではあるが、事実結構な頻度で登場する学年カラーのジャージ姿である、そして暫く前に新しい調査対象だと告げられ何度か世間話程度ではあるが話を重ねた、相手の姿。その姿を、こうして1棟の委員会室前で見かけるのは、若しかしたら此れが初めてかも知れない。普段は1棟で見掛けたとしても保健室が主な所だったから。その為か、見つけてから彼が彼であると把握するのに一瞬の手間が掛かり。)――……、善法寺先輩?(走っていた歩調を緩め、駆け足の様な速度でぽてぽてと彼の方へ駆け寄る。寄りながら、括られた髪の毛やそういえば窓越しに見下ろしたグラウンドで緑色のジャージが運動をしていた事などで、ジャージの理由を悟れば「体育ですか?お疲れさまでしたー。」と、今彼が見ている光景を知らない事からくる和やかな声で声を掛けた。そう遠い距離でないすぐ傍迄近寄れば、漸く彼が普段より沈んでいる事に気付く。書類を胸の前で抱えた侭首を傾げれば、「どうかしましたかー?」と言いながら自然、ひょいと委員会室の中を覗いて―)……………わぁー…、(次の言葉が紡げなかった。大きく瞬きながら室内を見回せば、自然と下がってしまった眉尻と共に彼を見上げ。どうにも意気消沈している相手の腕をとんとんと控えめに叩いたのなら、普段通りの笑みを浮かべ。)手伝いますよー、先輩。二人でなら良い所まで片せると思いますー。(手伝う許可を乞う様に首を傾げれば、しかし既に手伝う気だけは一人前なのか、カーディガンの裾を少したくし上げて―)
ザ――…
(小さくノイズが聞こえたかと思えば、言い争っているのだろう声は、殊更大きく響いた)
何じゃ!スパイ活動くらいどの委員会もみんなやっておるじゃろ!
(驚く顧問達の声は誰が聞いても肯定であっただろう)
(そして駆け付けた放送を知らせる声によって、乱暴に放送の電源は切られた――)
…ブッ――
(今この状況に笑うべきか嘆くべきか―其れよりも先に片付けるべきだろう、とまた盛大な溜息。嫌な慣れではあるが、保健委員歴六年目の身からしてみれば、寧ろガラスの破片は無くて良かったじゃないかなんて良い方に持って行こうとするのだろう。風に吹かれふわりふわりと揺れる「アンラッキーノットアンハッピー」の格言。歴代委員長の苦労は推して知るべしである。保健委員会は基本的に毎日活動があり、その中で当番を決めてはいても基本的に委員長の善法寺は保健室に詰めっぱなしである。しかしこの状況、後輩に押し付けるなんて出来る筈もなく、悪いが暫く保健室は同級生に留守を頼もうかと逡巡し始め―)…?あ、夙川さん?いえいえ、夙川さんこそ、文次郎のお使いか何か?(和やかな音声に対しての返事はしても、その表情は決して和やかとはいえなくて。下がり眉の笑顔は善法寺の浮かべる表情としては多いものだろうか、現状満面の笑みは余り浮かべ辛いからだろう乾いた笑いと共にそんな表情を浮かべるのか。お使いという言葉は多少適していないかもしれないけど、書類を抱え急ぎ足となると思いつくのは彼女の所属している委員会の委員長だったりするのだ。慌てる子供は廊下で転ぶ、という張り紙を無視する生徒は多く、善法寺としては喧嘩削減に次いで会計室前に張ってやろうと思っているものである。会計の三年生の全力疾走の責任を負えとまでは言わないだろうが。二の句の無い彼女に、ははは、とまた乾ききった笑いを返して)此処まで来るといっそ才能―(だよね、と続けようとした言葉は全校放送によって遮られた。どの委員会も―その言葉に善法寺の眉間に皺が寄る。ばれたか、と。舌打ちまではしなかったけど、恐らく一人ならば止めなかっただろう。しかし気になったのは「どの委員会も」という言葉。つまり学園長が顧問を務める学級委員長委員会は少なくともやっていたらしい。各委員会委員長の顔を思い浮かべ、作法は自分の所と似たようなことはやっているかも知れないとは思いはしたが、体育や図書、用具等の委員長はどうなのだろうか。それよりも――)文次郎も、ゴーサイン出したのかな(会計委員長は自分の知る限り正々堂々と言う言葉の似合う男である。無論、使えるものは何でも使えと言っているから絶対にやらないと言う訳では無い。そういえば最近今まで殆ど交流も無かった同級生に話しかけられたりした。確か彼女も―今隣にいる少女も、会計委員会である。しかしそれは今は些事だ。スパイ活動のことが弱みになるとは思えない。―恐らく、であるが。しかし善法寺ならそれを弱みと付け込める。とどのつまり、彼は若くして医療従事者であるから怪我人病人を守る為なら多少のことはやるのである。とりあえず今は捨て置いてもいいだろう。目下、やるべき事は掃除である。ぱっと笑顔を作れば彼女に礼を言って掃除を始めるのか。――三十秒も待たずに持ち前の不運からか善法寺の悲鳴が上がるのは間違いないだろう。)
(会計委員は現在最後の仕上げ時であり、絶対的に人数が少ない。理由は聞かされて居ないが、恐らくその関係で自分の調査相手がころころと変化しているのだろう。前に彼を調べていた同じ委員の先輩から引き継ぐ形で保健委員長の調査を任された夙川。会話した回数は少なかったが、事前の報告の所為か何だか彼の事を知っている気になってしまっていて、だからこそ親しげに声をかけてしまうのだ。とことこと近づきながらお使いかと問われた質問には緩く首を振った。)いえ、今日提出の書類の纏めを終えるのを忘れていて…(手に持った書類を掲げてそう告げ。近づいた後、何とも言えずに口籠ってしまった夙川に向けられたのは、作られた様な笑い声。其の後に続くだろう言葉は予想し易くて、眉尻を下げた侭頷こうとした所で、遮る様に聞えて来た唐突なノイズ―。朗らかな日常を切り裂くようなその混雑音に次いで告げられた学園長の言葉は、確かに身に覚えのある其れであり。微かに目を見開けば何度も何度も見上げたスピーカーを凝視して)……学園長…、……わぁー。もー…。(困った人ですねーと続けたの言葉は、然しその実そこまで困った様には響かなかったか。元々顧問は至極やる気では在ったが、其れよりも自分にとっては長と付く委員長である彼がそこまで積極的に乗り気では無かった事も含め、そして何より余り自分がそういった調査に向いて居ないと実感した事や、正直な所帳簿計算が忙し過ぎてそれ所では無いのもあり――何だか寧ろ少し心が軽かった。秘め事と言うのは幾つになっても慣れず心地の良くない物で。だから善法寺からの問い掛けにも似た言葉には、ふるふると髪を揺らし、)どっちかと言うと安藤先生の強行ですー。潮江先輩は我関せず、って感じで……正々堂々と予算を荒削るーって、意気込んでましたー。(ここは確りと強調して置かなければならない所では無いだろうかと、面子を保つ為にもそう告げて。「スパイ活動と言うよりは、予算決定に向けての素行調査見たいな物ですねー。」と続けるのは、他の委員は兎も角として、夙川としては本音だったのだけれど、このタイミングでは今一説得性に欠けるのも―理解はしていた。だから余りそれ以上此の事について言葉を重ねる事無く―彼が掃除を始めようと笑みを向けてくれば、はい、と笑顔で頷いて見せるのか―。―さて。腕まくりをして書類を入口付近の物の上に乗せれば、何処から手を付けようかと視線をぐるりと一周させた、所で、まだ数十秒も経っていないと言うのに上げられた悲鳴。思わずびくりと驚いてから、彼の方を振り返れば嫌な予感そのままに惨事に陥っている姿が見えて。)わーわー、善法寺先輩ー!?……あ、あの、大丈夫ですか…?(恐る恐る問いかける。傍にそっと座り込めば、彼の足もとを片し始めようとして―そんな中、室内に白いボールが転がっているのに目を付ければ、苦笑にも似た笑みを浮かべて其れを手に取り、)これは体育委員さんですねー、もー、校舎の傍でボール遊びは駄目だって言ってるのに。(言って聞くような委員長ではない事は理解しつつも、耳にタコ所か口にタコな頻度での注意をしていればいっそ開き直って清々しくすら感じる。「何か割れて困るものとか、置いてませんでしたか?」と問いかけ乍、ボールを入口の方へと置いてこようと立ち上がった―)
(提出書類と聞けば心得たとばかりに頷く。会計委員会は追い込みも凄ければ日頃の、それこそ委員会活動と数えるのを憚られる校庭での走り込みやらで書類が追いつかない事も間々有る事は全校生徒の知る所。増して善法寺は体育や会計委員会に不慣れな下級生が運び込まれるのを一番良く見ている。「お疲れ様」、その言葉には色々な意味が含まれて居るのだろう、先程とは違い、複雑そうな笑顔を浮かべながら)文次郎ももうちょっと計画性を持てば良いのにねぇ。罰走だとか鍛錬だとか、会計委員会は関係ないと思うのだけど(常々、と言う言葉に多少の棘が含まれるのは思い出される会計委員長の喧嘩率や倒れる後輩の手当てにより消費する薬品の数々だからか。そのくせ予算は出さないのだから善法寺も一番染みる薬を毎度毎度使っているのに、それでも喧嘩は減らない―神経性胃炎持ちになるほど細い神経は持っていないけど、堪忍袋の緒は切れる。今度の予算会議見てろよ、とは言わないけど、保健委員会はその気になればバイオテロも発生させる事が出来るのは秘密である。使うものが使うものだからえげつないなんて言われる位、薬品は千差万別。既に色々やらかしてる善法寺からすれば使用を躊躇う理由は無いのか。――挙がった名前が顧問の名前だった事に得心したと頷いて)やっぱりねぇ。文次郎ならそういうと思った。…素行調査?へぇ、凄い今更だね、それは。(クラスは違っても六年間一緒に居たのだから素行も予算会議前の行動も何もわかっているだろうにと不思議そうに。この間言った新薬のことかなぁと小さく呟いたのは思い当たる節が無い訳ではないから。とはいえ、結局解毒剤やらなんやらも一緒に作っているのだから脅しであることはわかっている筈である。会計委員会は下らない嘘はつかないだろうと言うのは委員長の性格から善法寺が思っているだけなのだが、恐らく違いは無いのだろうと。兎にも角にも保健委員会においてのスパイ活動とは違うらしいと結論付ければこれ以上詮索は無用と掃除にかかり。落ちている箱やら容器やらを拾っていれば棚の物が雪崩れ下敷きに。何時ものことである。照れたように、眉尻を下げながら笑えば)何時もの事だからね、体育と会計、保健は皆体が丈夫に出来るみたい。(どの委員会も丈夫、というより頑丈である方が正しいかも知れないが、困ったなぁと笑いながらも座り込んだまま整頓を始めるのか)言っても聞かないのは何処も一緒だからね…六年の場合は。割れて困るものは無いけど―(干していたジャージが汚れた、と言う前に2ヒット。またも外から飛び込んだバレーボールが善法寺の後頭部を直撃した。床に倒れこみ暫く頭を押さえながら痛みに耐えるのか)
(お疲れ様、と告げられた言葉にはその4文字以上の意味を感じ取れば苦笑にも似た笑みで「はい、」と頷くしか無かった。自身が会計委員へと所属した事を友人に告げた時と似た空気を纏うその言葉に込められた思いは間違えて居ないとは思う。多少棘を帯びた保健委員長の言葉には、しかし案外と平和な笑みで頷いて、)本当ですよー…もー、一回所属してしまうと、それが普通かもーなんて思わされる所が逆に怖いですねー…。…冷静に考えたら負けかなーと思います、(潮江先輩なので、と言葉を続けてから肩を竦めた笑みを浮かべる。其れでも嫌いに成れない辺りが委員長の人徳なのかと思っているのだが―。)……?…あ!違いますよー。素行調査ーって言ってもですね、うーんと、予算使用方法をこっそりチェック!みたいな感じですー。潮江先輩だって、意味も無く予算を削りたいわけじゃないんですよー。(平和そうに笑い乍指先を振って―それから一拍置いてから、)………たぶん。…あ、でも、その点保健委員さんは優秀だと思いますー。(お茶代に消えるわけでもストーブ代でもお菓子代でも無く、正当な備品代として処理されている予算―実際良く分から無い予算を上乗せして来る委員会と比べれば、と脳内比較をしながら笑ってみせた。―とは言え実際、其れが消費されているのが怪我人の場合もあれど、其れなりの頻度で保健委員が自ら駄目にして居る為買換えが激しい―と言うのは、恐らく会計委員長が彼らの提示する希望予算をざっくりと減らす要因に成るのだろうけれど―。―余り長くは無い調査期間ではあるが知るには十分だった彼の不運―其れは今も遺憾なく発揮されている様で。丈夫見たいと言われれば其れを信じて一度頷き、)特に善法寺先輩は丈夫そうですー、何だかんだで今、とっても健康ですもんね。(怪我や流行病に敏感だと聞いた彼がごく平和に今此処でこうして居るのは若しかして彼にとっては最高に運の在る事なのではないだろうか。過った其れは口にするには少し大げさすぎるだろうかと口にする事は無かったが。座り込んだまま作業を進める姿には、確かに立ち上がるよりは効率的かと納得し。)そうですねー、先輩達は皆何だかんだで人の話を聞いて―……っ!…わぁ…!(扉付近にボールを並べ乍返事をすれば、扉から振り返ると同時に何かが窓から飛び込んで来たのを目の端に捉え。あまり俊敏ではない動作と、本気で驚いている割りには平穏そうな驚愕の声と共に振り返れば、倒れ込んで頭を押さえている相手が目に入った。散らばる物を踏まない様にて、って、と駆け寄れば再び膝を付いてしゃがみ込み、)、善 法寺 先輩、……だ、大丈夫です か?(此れが若し本当に体育委員長の打った物なら、バレーボールだからと言って油断は出来ない―が、生憎会計委員である自分は保健委員長よりも怪我に明るいわけではなく。ただ、1年生や3年生が眠たい時にごちりと机に頭を打ち付けた際に撫でる時と同じように、恐る恐る手を伸ばして、叶うなら控えめに彼自身が手で押さえている部分付近を撫でて見せようと―)
(それは感覚の麻痺というのではないかな、思っても言わないのは恐らく自分の方がこの学園に居る時間は長いからか。自分の常識感覚も恐らく麻痺していると自覚しているから薮蛇を突付いて出すような真似はしないのだろう。学年が上がると共に減る保健室の利用数、それは慣れに由来する事は高等部に上がる頃にふと気付くものである。なんとなく何があっても驚かなくなって、最終的に次に何をするべきかわかる―本当に、慣れ以外の何物でもない。条件反射や刷り込みの恐ろしさを垣間見る瞬間であるのだが。冷静に考えたら負け、正しくその通りであって)文次郎だからねぇ…あぁ、用途チェックかぁ…そうだねぇ、じゃあ今度から保健室利用者名簿も予算会議で提出しようかな。どの程度自分が消費してるかわかれば文次郎も予算上げてくれるだろうし(溜息と共に目の前に散らばる包帯やらを片付ける。箱に詰めなおしながら瓶詰めの薬品が無くて良かったと安堵するのだ。消毒液をかぶって髪の毛の色が変わる―そんな化学変化を見たのは一度ではないから)今はねー。去年の暮れに大分酷い風邪を引いたから多分今冬は大丈夫かなぁ。あ、でも多分学校ではこれから流行るだろうから気をつけてね?外に出たら手洗い嗽!(ぐっと拳を握りながらそう注意するのは会計委員会も中々外に出る可能性が高いからか。砂埃舞うような日でも粉雪ちらつく日でも、委員長の一言で外に出ないといけないとは同情を禁じえないのだが。――座っていようが立っていようが動いていようが止まっていようが、善法寺の居るところ不運の影有り、不運の暗雲を連れている男。伊作ゾーンと何かの漫画を真似てか言われるのは、つまり本人は何もしなくても向こうから何かが来るという事であって。飛んできたバレーボールが奇跡的な確立でぶつかるのも、ある意味当然といえば当然で)いったぁ〜…多分この強さは小平太かなぁ…あーもう、本当しょうがないんだから…夙川さんは怪我とか無い?(泣く子も黙る体育委員長の打ったバレーボール。それをモロに受けながら涙目になる、で終わるのは自分で言った通り丈夫、に出来てしまっているからか。入学から比べて確実に打たれ強くなっている。転がるバレーボールに手を伸ばして拾い上げれば、立ち上がろうと顔を上げたときに伸ばされていた手に気付き。ありがとう、と笑えば開いた窓からボールを投げ返し怒鳴るのだろう。危ないからバレーをするな、と。今度はちゃんと窓を閉めておこうときっちり戸締りをすれば、また作業に戻って――恐らく、本鈴の鳴るまでは、此処で掃除を続けるのか)
あはは、それはちょっと痛いですねー。潮江先輩、常連さんですからー。(軽い笑い声を零す辺り余り、利用者名簿を持参すると言う相手のその発言を本気に取って居ないと言う事が窺えるだろう。手の付く、触れても良さそうな所を片しながら、そうっと彼を見遣る。散らばったワレモノでは無い備品を片している様子からは微かに安心して居る様子すら窺える。慣れてるんだろうなあと感じると同時に、其れで良い物なのかと心配になったりするのだけれど。―先程自分が慣れれば会計委員も悪くないと告げたのと似た様な感覚なのだろうとは思うのだけれど、多少疲労するだけの自分とは違って彼の其れは多くの実害を伴って居るのだから―。弱みを握って…と言うのが当初の顧問の方針だったと言うのは理解はしつつも、むしろ保健委員に良い様に働いたりできないだろうか―なんて考えてしまったり。なかなか難しいところではあるけれど。そんな事を考えて―。むしろ彼の生存がという深さの発言をしたつもりだったのだけれど、どうやら冬の間でと取られたらしい其れ。其れ位、夙川にとっては非日常な不運っぷりが、彼にとっては日常なのだろう。真剣そうな表情には、ぽやっとした笑みを浮かべて、)分かりましたー。皆にもちゃんと伝えておきますね。(同じ様に拳を握って見せる。あまり緊張感の無い仕草だった―。―飛んできた其れを視認は出来た。出来たが、其処で其れを受け止めれるようなら会計委員に所属して居る筈も無い。驚いた表情のまま―しかし何故かどうにも慣れた様子の相手に、拍子抜けする。伸ばしかけた手を引っ込めて、「あ、…は、 はい。」と、当たった本人である彼よりも動揺した声で返事をし、)、いえ、私は何もなかったですー……、…善法寺先輩の傍に居ると、ある意味安全なのかもしれませんー。(動揺と混乱の末か若干失礼な事を笑みと共に告げた。6年間仲が良いと言う食満先輩がプチ不運だと言われている辺り、あまり時間を共有しすぎては逆効果なのかもしれないけれど。外に叫び返す声に苦笑にも似た笑みを浮かべて、夙川は改めて片付けの作業へと戻ろうか。流石に直接怒られたのだから閉じた窓を割ってボールが飛び込んで来るような事は無かっただろうけれど、本鈴が鳴るまでのあと10数分、彼がなにも起こさずに平穏平穏に片付けが済むとはいまいち思えず―時折彼の方を窺う様に手を止めながら―)