(行き先は確定しているのかいないのか、兎にも角にも中庭に、)
(妙にぐったりした委員達が戻ってきたのは作法の彼女が帰ってから直ぐだった。どうやら彼等も梅宮が持っていたような封筒にやられたらしく、暫く篭ると言う事だったのででは自分が、なんて外に出て来たわけである。勿論その前に留守中の事を報告して、雷を落とされ二度目の戦力外告知に等しい、「外頼みます」という言葉と共に部屋の外に放り出されたと言うのが正しいのだが。作法の罠を避けつつ、ひやりとした空気の流れる廊下に小さく身震いして。そういえばあの日の廊下も寒かった。そんなに日数は経っていない筈なのに、懐かしく思えるあの日―スパイ活動の、ばれた日。そもそも自分が悪いのだが、学園長が悪あがきしなければ、なんて逆恨みしたくもなる。とはいえあの日、きちんと説明して謝罪すればよかったのだが、パニックになって逃げてしまった自分が恨めしい。なんとなく気まずくて、肯定に四年のジャージを見れば意図的に外を見ないようにしてしまっていて。――そもそも自分が五年間、彼のことを名前しか知らなかった様に、学年が違えば委員会が一緒じゃない限り、または委員会が近しい場合以外で会う事なんて滅多に無い。暫くずっと会っていたからか、そんな事忘れていたのだけど―。教室に入ればとろとろとマフラーとコートを手にとって、ゆっくり会談を下り―辿りつくのは下駄箱。外に出る理由なんてないし、この時期昼寝の為でも外には余り出ない。それでも足が向かうのは先程委員会室から校庭を横切る彼が見えたからか。会ってなにをしたいかも、何を言うかすらもわからないし、そもそも逃げた自分には会う権利すらないかもしれないが、それでも釈然としない思いを解消するには彼に会うしかないとどこかでわかっていたから。春とは名ばかりの季節、マフラーに顔を埋めながらきょろきょろと辺りを見回しながら歩いて行って―半分位、諦めていた、言わば賭けとも言えるこの行為、実際に彼の姿を見つけてしまえば、)……た、滝、君(なんと声をかけるか、寧ろ声をかけるべきか否か逡巡の末、出てきた声は情けないもの。泳ぐ視線は考えあぐねているからか、しかし漸く視線が定まれば)えっと、あの、良かったらちょっと、話、たいんですけど……お時間、いーですか?
大変な会議でしたね…お怪我はありませんでしたか?
(答えは、ぼんやりとしたものではあったが滝夜叉丸の中にあった。手を伸ばして引っ張り出して確かな形にする、その一押しをしてくれた先輩の背を見送りながらしばらく座り込み考えた結果、とりあえずは会わなくては仕方がないと立ち上がりうろうろとその場を彷徨い続けたのだが、途中他委員の連中に追われたりやり返したりしているうちにあっという間に時間は経ってしまって。もうすぐ会議の時間も終わる。終わってしまえば、もうきっかけはないかもしれない。―きっかけなど関係もなしに突き進む男ではあるが、とにかくも今すぐ会いたい、会って話をしたいという想いが強くて。校内も校外も、作法の罠にもめげずに上へ下へ右へ左へと持ち前の体力を駆使して駆け回った。日も徐々に暮れていく。上がった息を整えて、いったん休憩しようと校舎の壁に背中を預けたところで、――自分の名を呼ぶ声の主が誰かなんて、すぐにわかった。すぐに預けていた体重を両足へと戻して踏ん張り、目を丸くして、彼女の名を紡ぐ―)ちっ、さとさ…!(反射的に駆け出して彼女へと近寄ると、上がった息もそのままにその姿を見下ろして、ほっと一息ついた。探していた彼女が、其方のほうから声をかけてくれるだなんて。やはりこれは運命――そんな言葉をいつもの滝夜叉丸なら口にしただろうけれど、今はもっと他に、言いたいことがあるはずだった。)ぜ、んぜん構いません、今日の残りの時間は全部千里さんに捧げます!お、れも、話したいと思ってました、から…(真剣なまなざしと声を彼女に向けたなら、言い終えてふっと肩の力を抜いた。―先ほどの、あの先輩の言葉を思い出す。当たって砕けるつもりはなかったが、逃げていたことはきっと事実。)それで、…千里さんのお話というのは?
ずっと委員会室に居たから…滝君こそ、無事?罠一杯みたいだけど
(なんと言葉をかけるべきか―思い浮かぶどれもこの場にはそぐわない気がして、口を開いては閉じるという行為を幾度か繰り返す。逃げないと決めたから、彼を探したのにどこか逃げ場を探している自分に往生際が悪いと溜息をつき。逃げたくないし、逃げるつもりはないのに。ぎゅうと拳を握り締めながら、逃げれられないのだと駆けてくる彼の足音を聞くのだ。声をかける後押しをしたのは勢い。多少の時間を置いた今、戸惑いと、混乱とが一緒に襲ってきているからか、なんと言えば良いのかと逡巡するのだが、彼の言葉を聞いたのなら慌てて首を横に振り)そ、こまで言って貰わなくても大丈夫、だよ!いや、あの、嬉しかったんだけど、も、その、すぐ、終わらせる、ので!うん、えっと、―け、怪我とかしてない?その、予算会議、だし…(普段より饒舌なのはテンパって居るからか、言いたいのはこんなことではないのにと纏まらない思考を必死で手繰りながら、そわそわとどこか落ち着かない様子で。珍しく上がっている彼の息に、そこら中に仕掛けられた作法の罠から逃げてきたか―どちらにしろどこかに行く所だろうと幾ら察しの悪い梅宮でもわかるから。話したいと思っていた、なんて彼から思いもよらない言葉を受ければ瞳を丸くして瞬きを幾度か。脳内に入ってきたのなら、漸く理解して、深刻そうにこくりと頷いて)…あの、この間…放送の日、だけど…その、(若干俯いたままなのは彼と目を合わせる勇気はないからか、両手を握り合わせたまま、ゆっくりと口を開いて)…逃げちゃって、ごめんなさい。混乱してた、って言うのは言い訳だけども…あんなに良くしてくれてたのに、騙してて、ごめんなさい。(ゆっくりと頭を下げるのは、心の底から申し訳ないと思っているから。「やって良かったとは思わないけど、やらなきゃ良かったとも思わない」、先程委員会室で同級生に言った言葉に嘘はないからこそ、幾ら予算会議の為と言えど、騙してしまったことは悪いと思っているから―)そ、れでね、すごく調子の良い話だっていうのは百も承知なんだけど、ね、その…(自己嫌悪や彼の返答への恐怖からか、以前よりわかりやすくなったといわれるその表情は、その言葉通り泣きそうなのを堪えているのは誰にでもわかりそうなもので。自分の顔が歪んでいるのを実感しているからこそ見られまいと下を向きながら、でもはっきりと、)前みたいに、また、話しかけても良いですか…?
なら良かった。私はもうぴんぴんです、無敵の男滝夜叉丸!
(捜し求めていた彼女の顔を見て一先ずはほっと一安心だ。落ち着かない様子の彼女に比べて滝夜叉丸はいくらか安定しているように見えるだろうか、ぱちくりと瞼を瞬かせ彼女を見つめて。安定している、といっても一時だけのもの、何も考えていないだけですぐにでも彼女の言葉に影響されるのだろう。心配してくれているのであろう彼女の言葉には前髪をさらりとかきあげいつもの調子で返答を。)怪我?この滝夜叉丸の鍛え上げた肉体には、作法の罠だろうが保健の薬だろうが何も敵いませんよ!ふっふっふ…無傷です。(落とし穴や罠に出会ったとしても、慣れていることも手伝ってか大した怪我にはならなかった、それを証明するように両手を広げて手のひらを天に向けようか。「千里さんもご無事なようで何より!」そのまま腕を組んで付け足した言葉は本心、彼女が怪我でもしていようものなら考えなしに作法にでも突っ込みに行っただろう。元気を取り戻したように自信満々に並べる言葉達――しかし彼女の口からあの日の話が始まったなら、はい、と一度返事をした後少し気まずそうに右手を後頭部へと回し自慢の髪を撫ぜるように頭をかいた。口元に浮かべた笑みは、滝夜叉丸らしかぬ少し困ったようなそれ、で。)いえ、いいんですよ、頭を上げてください。考えてみればきっとこれも運命…だって、スパイ活動がなければ千里さんは私に声をかけるきっかけがなかったということでしょう?(まるで最初からそう思っていたかのように微笑みかけるけれど、こう考えることができたのも先ほど背中を押してくれた先輩の存在があったから。それに、あの時だってショックではあったけれど、騙されたとは思っていなかった。嘘を吐かれたわけではないのだ、全て自分が勘違いしていただけ。丸ごとしっかりと受け止めることはできなかったけれど、どこかで自分でも解っていたこと。そしてそれでも、彼女ともっといたいと思う自分がいたこと。―そんな己が、彼女のその問いに首を横に振る理由が、あるだろうか?そんな考えなど微塵も過ぎらずに表情を明るくしたならば、大きく頷いて、)もちろんです!!お、れも、おれも思ってました、前みたいに話したいと!あっはは、千里さんも幸せ者ですなぁ、この滝夜叉丸とこれからもずーっと話せるなんてねぇ!他のファンも羨ましが…(嬉しさのあまり笑い交じりに声を上げて紡いだ言葉の羅列は、途中で途切れた。自身の言葉で気づいたこと。彼女自身に聞かなければ、わからないこと。正直に、正面から聞いて、彼女が答えてくれるかはわからなかったけれど―今まで誰に対しても疑問に思わなかった問いを、彼女に。)あの、…千里さんは、おれのこと…どう思いますか。一緒に帰ったり、手を繋いだり、して、…どう思いましたか。おれはすごくう…れしかったし、ドキドキして、…この数日間もずっと貴女のことばかり考えていました。(恥ずかしげもなく告げる真剣な気持ちは、いつものような自慢気な言葉で誤魔化すこともせず、そのまま彼女に向ける。自分と同じ気持ちでなくても構わない、彼女の本心が知れれば、そこから何かを始めることができるかもしれない。息を呑んで彼女の返答を待つ間、今まで以上に心臓は高鳴って、彼女から視線を逸らすことはできなかった。)
それは良かった。滝君の顔面ボンドは泣く人多いだろうしねぇ…
((彼の返答にほ、と安堵の溜息を吐くのは先程自分がムービーまでとった委員長代理にかけられた罠や、ここに向かう途中で見かけた数々の罠を思い出したから。自分の見たのは既に誰かがかかった後だったが、その規模は推して知るべし、である。有能な一年生が入ったとは聞いていたし、実際見知っても居たのだが、余りの凄惨さに見てみぬふりをして中庭に来たのだった。校内は恐ろしくて歩けないと言うこともあったのだが、中庭に至るまでにもたくさんの穴の跡が見えた。這い上がる保健委員の子を助け、ちょっと罠の話をしていたから現在無傷だと言っても良い位である。生憎引きこもっていたから件の保健委員の薬膳料理には出会ってなかったのだけど―把握している危険なもののどれに対しても彼は被害を受けていないらしい。)んん、それは何より…私は、うん、留守番だったからね。さっきまで(こく、と頷きながら存外に普通に話せていることに先程までの緊張も段々に解けていくのだろう。前と変わらない彼の態度のお陰だろう。後ろめたい気持ちと、安堵が織り交ぜになって襲ってくるから、浮かぶ表情は複雑そうなものであったが。――ぱ、と弾かれる様に上がった顔の、浮かぶ表情は呆気にとられたような、泣き出しそうなもの。何か言いた気に口を開き、噤んだならば先程とは違う理由で泣きそうになりながらも、「ありがとう」、と出来る限りの笑顔を浮かべて。運命だと、彼の言うその言葉を聴くのは二度目である。同じ場所で聞いたその言葉も、あの時のように流せないのは状況が変わったからか、気持ちが変わったからか。俯いていたから彼の表情の変化はわからなかったが、明るい声にぐし、と零れ掛けていた涙を袖で拭ってこくこくと必死に首を縦に振るのだ。良かったと、その言葉ばかりが胸を占めるのだが―不意に止まった言葉にきょとんと彼を見返して。投げられた質問は、恐らく自分が彼を避けていた理由だろう。まっすぐに自分を見つめる彼の視線や表情に、ぐ、と呼吸が一瞬止まったのを自覚して。じわじわ浸透するその質問の答えを、無意識に逃げていた理由を、漸く自分で理解したから、今度は躊躇わずに口を開くのだろう。今迄の自分の行動の、不可解な部分の辻褄あわせに必要なピースはたったの一つだったから。)―最初はね、正直私滝君の事知らなかったんだよ。五年引きこもり代表だからね。書類貰った時だって平滝・夜叉丸だと思った位だし、正直ファンだって言うのも嘘だった。(すらすらと出てくる言葉。もう嘘は言わないと決めたから、今迄放置していた彼の誤解も全部自分の言葉でちゃんと説明しようと、恐らく彼にとっては余り心境の良くない話だろうが、それでも隠し事はしたくなかったから、)でもね、その、話し聞くのは楽しかったのは本当だし、送ってくれたり、手を繋いでくれたり、そういうのはね、嬉しかった、です。えーっと、まぁ、つまり、……滝君の事が、好きなんだと思われます
がっ、顔面ボンド!?そ…ひっかかった方がいるのですか?
(自分のことを彼女が心配してくれる、という事実が純粋に嬉しかった。そのほっとした表情を受けて芽生えるのは確かな嬉しさと安堵。人に心配してもらうということをこんなにも意識したのは、もしかすると初めてかもしれない。他人を思い遣ることも。今まで当然のように思っていたことが新鮮に、それもとても大切なことに思うことができる彼女の魔法。――泣きそうな表情に、何かまずいことを言ってしまった気にしたけれど、浮かぶ笑顔からマイナスの意味ではなさそうだと滝夜叉丸も口元を緩めた。「いえ」、彼女の礼に答えるように、意識せず自然に微笑んで。今まで言い続けてきた“運命”は、確かにそこにあったのだ。こうして再び向かい合うことができたのもまた“運命”。だから、零れかけた涙を拭う彼女の様子に思わず伸ばしかけた手は途中で引っ込めて、真正面から彼女に、本当に向かい合えるように、問いかけた。―告げられた言葉はもしやとこの数日間で予測していたことで、やはり、と小さな寂しい気持ちも生まれたが、それよりも本音を話してくれたことが嬉しくて、)…やっぱりな、(苦笑いを零したけれど、落ち込んだ様子はない。まだ強がりたい部分は消えてはいなかったが、それよりも言葉の続きが聞きたくて。それでも名前の間違いには思わず、「平、滝夜叉丸ですからね!」と彼女もわかっているだろう念押しを突っ込んでしまうのだが。そこで細めた瞳もすぐに、彼女の声を聞いて見開かれていく。―好き。ぼかされた思考でそれだけが鮮明にぐるぐると回る。言われ慣れないためか、それとも彼女の声だからか、その両方か――とにかく大きな力を持った一言一言が刻むように降り注いで、余裕を保とうとしていた思考がくるりくるりと回りだして、)あ、…っと、そのぉ…あの、(――彼女に告白をされる場面を想像したこともあったのだ、彼女と出会ってからの滝夜叉丸は。そこでは格好良くさらりと髪をかきあげて、余裕綽々な返答を返していた。そうなればと思っていた。しかしいざ本当にそれが現実になってしまった今、上手く働かない思考でそんな切り替えしができるわけもなく――落ち着け、と言い聞かせたけれど簡単に落ち着くはずもなく、まず零れたのはごまかしきれない喜び、照れくささ――笑い声)はっ、はは、は……あ、はは、やっぱりね!そうだと思ってたんですよ、千里さんはおれのことが好きなんだろうと!いやーこれはすごい、すごく、こ、答えてあげないとねぇ!だってその、あの、…参ったなぁ…なんというか、…あぁやっぱりちが、ちがいます、(どんどん溢れてくる想いをどうすればいいのかわからずにちぐはぐな言葉を放り出して、沈黙を取り繕う。かしりと首の後ろを掻いて逸らした瞳は明後日の方角を向いていたけれど、ごほんとひとつ咳払いをしたなら彼女へと今度こそしっかり向き合って、どくりどくりと伝えてくる心音を伝えるように、―彼女の左手の指先に、右手を伸ばした。)…千里さんがおれを好きかそうじゃないかなんて、関係ないんです。――いやぁそりゃまぁその、好きって言ってもらえたのはすごく嬉しいし大事なことで、そうじゃなくて…おれが、千里さんを想う気持ちはそれがなくてもきっと生まれてましたってこと、で。(落ち着いたトーンで紡ぐ本音は上手く言葉になっているだろうか。それでもきっと彼女は受け止めてくれるだろうと信じて、掬うように手にした彼女の手を愛おしく眺めたなら、一度指先でその甲を撫で、己の口元へ引き寄せる――ひとつ、その手の甲に口付けを落として、)おれは千里さんが好きです、おれも…千里さんが好きです。
―まぁ引っかからなかったなら良かった。作法って怖いね!うん
(森羅万象をめんどうくさいと切り捨てていた今までだったから、感情が高まって何もいえないとか、こんなことは初めてだった。ただ日々を流れ行くままに過ごして来たから、廊下に出たり、姿を探してみたり、手を振ってみたり―面倒くさいと言っていたそれらも、特に何を考えるまでも無く出来てしまうのだから、彼が自分に与えた影響というのはそれ程大きいのだろう。―最近変わったよな、と言われる理由の大きな部分が、その面倒臭いと言う言葉を言わなくなった辺りか。自分の言った言葉が少なからず彼を傷つけることだろう。でも、それでも―彼の名前の訂正には慌てて「知ってるよ!」と返すのだって、実を言うと珍しいことなのである。結局彼のライバルの名前は三木君という事しか未だに覚えてない、偏りすぎた記憶力の持ち主に関して言えば。――困るだろう、そう思っても、しかし正直な気持ちを口にする。人に嫌われるのは悲しい、だが今ほど怖いと思った事はかつてなくて。同じ委員会の後輩が自分のことを恐れていると知ったときも、ふうんとしか思わなかったのに―その後仲良く慣れたから、その時から兆しはあったといえばそうなのだろう。兎にも角にも今梅宮が一番怖いのは、何も無かったことにされること、だろうか。知られていた、事には驚愕するしかないのだが。それでも自分と一緒に居てくれた彼は何処まで―優しいの、だろうか)……え?(最終的に開き直るのが自分の悪い所なのだが、彼のゆっくりした、静かな音声は梅宮を呆然とさせるに十分だった。―好き?誰が、誰を?自分に都合の良い空耳か、若しくは今現在また自分は寝てるのではないか―触れられた手にびくりと肩を震わせるのは、彼が信じられないのではなく、寧ろ自分が信じられないのだろう。ぎゅうと確かめるように自分の手をとる彼の指を握って)わた、―私も、滝君が好き、です(断言するには余りにも弱かった自分の言葉を掬ってくれた彼に、目尻に涙を浮かべながら、今度こそ、断言するのか。彼が好きな気持ちに偽りなんてないと、鳴った会議戦終了の鐘に小さく笑いながら。)
大丈夫ですよ、作法が千里さんに何をしようと俺が守りますから!
(今まで恋心を抱いたことは何度かあったけれど、自分から行動してここまでさせてくれたのは彼女が初めてだった。答えてくれたのは彼女が初めてだった。些細なことが嬉しかった。だからこそあの日全てがわかったときに今までにないほど落ち込んで、背中を押されて現在、今までにないほど走り回ってきたのだ。そして彼女がくれた言葉。―これからも一緒にいることができるという事実が何よりも嬉しくて、彼女ももしかしたら、自分と同じ気持ちなのかもしれないということが愛しくて。いつまでも彼女の前では格好良くありたいと、余裕のない己を誤魔化すように唇を落とした彼女の手の甲――握り返してくれた温かさに涙でも出て来てしまいそうなほど、胸の奥が締め付けられる。潤んだ瞳で、確りとした形に言い直してくれた彼女の告白は、それをはじけさせるほどの力は持っていた。)ち、ちさ、ちさと、さ、(浮つく気持ちに舌が上手く回らず、今にも爆発しそうな嬉しさや感動が体中に広がっていく。もう格好良さなど今だけ忘れよう、本能のまま彼女に手を伸ばしたなら、その身体を思い切り抱きしめて、)っしゃあああ!!(ぎゅっと瞳を嬉しそうに細め、彼女の耳がすぐそこにあることも気にせず歓喜の叫びを上げた。くしゃりとその髪に指を絡めたなら、嬉しさも何もかも隠すこともせず、)千里さん!おれ、すごく大切にしますから!この滝夜叉丸と恋人になれるなんて、千里さんは世界一の幸せ者ですからね!世界一の幸せ者にしてあげますから!(―本当は、今世界一の幸せ者は自分なのではないだろうか。胸いっぱいに広がる歓喜の気持ちは、そう思わせることができるほど大きく深く、留まることを知らない。彼女を抱きしめる腕から解放した滝夜叉丸は触れていた彼女の髪を一度優しく撫でて、肩に手を置き触れるだけのキスを、その唇に落とした。ずっとそうしていたい気持ちを抑えて彼女から手を離した男の表情は、照れくさそうな、しかしこれ以上ないような幸せそうな笑顔で――夕暮れに溶けるような甘い夢は、現実なのだと、実感するように―)
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