【サンプル】(程よい疲労感に見舞われながら、その目に捉えるは)
(――放課後になってどれくらいの時間が過ぎただろうか。騒がしい学園内を走り回って、余りにも激化している場所では静止をかける。一応は、学園が荒れすぎない様、そんなささやかな努力が行われていた――。それもそろそろ終わりだ。大人しくなり始めた生徒達の姿が彼らの勝敗を克明に告げている。直接関係が無い事務員の彼ですらこんなにも疲労を感じているのだから、今回の騒動の張本人である生徒達にとってみれば一入であったろう。あの子も――不意に脳裏を過ぎった少女の姿は、あの日以来目に見えて見かける回数が減っていた。言及する事は無かったけれど、詰まりは状況的肯定と取れた事くらいは気付けていたものだから。覆せない事実に寂しさを抱きながら、曲がった廊下の先――偶然にも視界に捉えた少女の姿に、反射的に声が滑り出して――)
梢子ちゃん!
(無意識だけに何も取り払うものもなく、真っ直ぐに彼女に向けて発せられた声は、冷えた廊下によく、響いた――)
小松田さんはいっっつも元気ですねー…わけてほしーくらいです。
(快勝―と言うのに等しかったか。他の委員会はどうだかわからないが、頻繁に勃発する戦いに巻き込まれてはいたが結局のところ2,3度しか自ら封筒を差し出して脅しを掛けるという事をしなかった。そして、そこで連勝を勝ち取ったとなれば多少誇っても良いのではないだろうか。さて残りのこの封筒はどうするべきかとご機嫌に廊下を歩んでいれば、唐突に名前が呼ばれ。――半端で無く驚いた様に肩が揺れる。戸惑う様にワンテンポ遅れてから振り返るその彼女の表情が、先程とは一転して決して明るいものではない。疲労から来るものではない渋る様寄せた眉と共に、中途半端に首だけを振り返らせれば、握っていた封筒をスカートに押し込んで振り返り。)
…何ですかぁー、アタシまだまだ仕事が残ってて忙しーんですよー。
(合わせる事のない視線、指先は前髪を梳きながら彼の元へと数歩近づく。何かを告げ掛ける様に開いた唇は、開いて閉じてから、元来言おうとしていた事とは違う用件を紡ぐ。細めた瞳は一応は楽しげに色付き。)
あぁ、でももーすぐ終わりでですか?ふっふ、みんな口ほどにも無かったですねぇ〜。
そうかなぁ…?…隣に居てくれるなら、いつでもお裾分けするよ
(不満気な口調と不自然に交わらない視線は、放送室での騒動が校内に筒抜けになったあの日から変わらない。彼女の行動が疚しさの裏返しである事は察せていたから、彼は少しの寂しさを誤魔化して常通り笑顔を浮かべるだけだった。会話が出来ないわけじゃないから、と胸中言い聞かせていた理由は胸の痛みを隠す為――その理由が必要な理由は、胸の奥で眠ったままにして。)
わぁ、流石会計委員会。潮江君といい、随分強気だなぁ。
(そんな談笑を交えていれば、不意に彼らの耳に終戦の鐘の音が届いた。いつの間にか、廊下にオレンジ色が染みている。彼女らが随分長い間打ち込んできた予算会議がついに一先ずの終わりを向かえ、それは予算会議準備中に起こった彼女との出会いすら無に帰す合図――のように、思えた。つまりこれからは、ここ数日のような関係が続き、やがて何事もない日々に戻るのか――それともスパイ期間のように、親密に言葉を交わせるように戻れるのか、想像出来ない未来を手繰り寄せる事が出来るとしたら、今しかないように思えた。鐘の音を合図に途切れた会話を埋めるようと頬を掻けば、控えめな声音で唐突に彼女に告げる)
ねぇ、梢子ちゃん。僕って結構うっかりしてるみたいなんだけど、…でも、梢子ちゃんがついててくれたら、普段よりちょっとだけ仕事が捗ってたんだよね。
(照れくさそうに笑いながら、それでも彼女から視線を逸らす事はなく)
だから、…良かったら、前みたいに遊びに来てくれたら嬉しいな。
(スパイの事は初めからどうでもいい事のように。気の抜けた笑みを浮かべて彼女の返答を待つ間、心臓は暖かくて――そして、迎える結末は、幸せなものであればいい――――)
( back )