( 笹山兵太夫
(会計委員のように怒号が飛ぶことも無ければ保健委員のように慌ただしくも無く、火薬委員に比べればどこか上品質な室内で笹山は明日提出の宿題に手を付けていた。先輩が淹れてくれた紅茶と出されたクッキーをありがたく頂きながら、分からない所は迷わずに聞いて。家に帰れば新作のゲームやパズルなど魅力が多いから、彼は宿題をここで終わらすのが常になっていた。問題を解き終えて一息ついて、紅茶とクッキーを咀嚼し、そして再び次の問題へ―その繰り返しは、隣に同じような理由で座り、放課後宿題を終わらせている決して仲の良くない同級生にも見られる事でもあり、上級生の中にも同じような理由でこの部屋に居るものは多い。今日はクッキーが美味しいなーと、手を休める事無くそれを齧りながら設問を解いていれば唐突に側頭部を叩かれ、口からクッキーが零れる。)
いっ……っ、突然なにするんだよ伝七!
(当然とも言える文句を零せば、「食い過ぎだ!」と叫び返してくる黒門。意味が分からないと言いたげに眉を顰めれば、ずいっと差し出されたのは空っぽになったクッキー缶で。一人幾つまでと言う決まりがあるわけでは無いとはいえ食べ過ぎたのは明白だが、殴られては素直に謝る気も起きず。べぇーっと舌を出せば――幼い殴り合いに発展するまで、あと数秒。)

…藤内の紅茶の為に、週2くらいは委員会に来たい気もします。
( 綾部喜八郎
(綾部が放課後にスコップを持ち歩いていない――普段ならば中々に珍しいその光景は、予算会議の近づいた最近は回数が増えていた。とはいえ、実際スコップを手放して何をしているのかと言われればお茶をしたり宿題を見たり先輩をからかったり後輩をおちょくったりと、居ても居なくても変わらない様なそんな事をしているのが大部分なのだけれど。特に委員長からのお咎めがないのを良い事に好き勝手に作法委員の中でも自由に遊ぶ綾部は、無表情ながらも活き活きとしていて―。―今日、見てもらいたいものがあると委員会に呼び出された綾部は、昨日大きな穴を掘り終えて満足していた為二つ返事で頷いた。先日、真面目に自分を探して歩き回る先輩の後ろをちょこちょこついて歩くと言う反則的な見つかるはずのないかくれんぼを楽しんだから、余計に委員会に顔を出すのは楽しみで。挨拶も無く開いた扉――の先、頬を抓ったり脛を蹴ったりという子犬の戯れのようなそれが一番に目に入れば、流石の綾部でもぱちりと瞳を大きくして、)……おや、…まあ。……藤内、今日はミルクを多めで。(瞬きをして呆けたのも一瞬、慣れっこだとばかりに視線を自然に後輩へと移せば淹れて貰えると信じきった口調でそう述べた。件の後輩がぎょっとした表情で振り返ったのは見ない振りをして、喧騒から少し離れた所へと腰かけよう。呼び出しに来たのは今ぺちぺちやっている片割れの方だったから、治まるまでは並べられたものに手を付けて居ようと。誰かが止めなければ止まらなそうな遣り取りをぼんやりと視界に入れつつ、思い出すのは先ほどとくに用事がなく前を横切った学園長室から聞こえてきた、確か目の前でぽかすかやっている彼らと同い年の―それも同じい組とは組の組み合わせであったはずの、生徒達の会話。組み合わせが違えばこうも雰囲気が変わるものなのかとささやかな好奇心を芽生えさせながら、結局はやっぱり淹れてくれた藤内の紅茶を一口含もうか。丁度良い甘さを誇る彼の淹れた紅茶は、好きだった。満足したのが伝わったのか安心したような表情を浮かべる後輩を尻目に、ふと傍に居た先輩へと視線をやれば、軽く首を揺るがせて、)――、平和ですね。(零した感想はそんなもの。委員会としても力を注いでいる会議に向けてもう少しだと言うのに、何も変わらぬ今日の空気が心地よく。誰かに窘められるか、それとも自然と決着が付くのかは分からないが、漸くに可愛げのある殴り合いを終えた黒門が謝罪と共に近寄ってくれば、中々に機嫌のよい対応で接しようか。綾部の機嫌が良い、と黒門には通じるか微妙なところではあったけれど―。)

作法は一応週3だ。…私と吉野の卒業後の藤内の苦労が知れるな、
( 立花仙蔵
(―チェックメイト。その声と共に、立花の指先が繰る白のクイーンがチェスボードをこつんと叩いた。二年前に当時の委員長と格安で購入したソフトレザーの三人掛けソファの上、ボードを挟んだ向こう側でバックランク・メイトを迎えた盤上に項垂れる三年生に、残念だったな、とかける労いは形ばかりでも、実際相手も随分と力をつけてくれて今では暇潰しではなく熱中してゲームを楽しめるようになっていた。まだ一度も勝ちを譲った事がなければ今後譲る気もない盤上遊戯に相手が付き合ってくれるのは、人が良いのか意外と負けず嫌いなのか―互いに宿題がない時はこうしてチェスに興じながら、作法が仕掛けた学園内の絡繰設置図を広げて語らう機会も多い。尤も立花が人前で宿題をこなす事はないので、此処にきては紅茶で喉を潤しながらボードゲームを持ち出したり読書をしたり後輩に構ったりと、作法筆頭ながら遊んでいるようにしか見えないのだけれど。五年の彼女に窘められて呆気なく改善するほど扱いやすい男でもなくて、私が動かないのは学園が平穏な証拠だよ、と飄々と口角を上げて自分基準の真面目さを掲げてみたりもして――先程までちょこちょこと質問にきていた一年二人が繰り広げるじゃれ合いには、微笑ましさを滲ませた瞳を細めるだけである。クッキーならまだあるから喧嘩するな、そう仲裁するのは簡単でも、すっかり見慣れてしまった最年少達の喧嘩がある種彼等の交流手段だと思えば介入する気も起きず。やがてひょこりと顔を出した四年生の早々の注文に後輩が立ち上がるのを見送り、そういえば流血沙汰規模の喧嘩をやらかす六年の二人もい組とは組である事になんだか不思議な縁を感じつつ、満足げに淹れたての紅茶を味わう後輩の呟きには、微笑みを。)そうだな、…平和でないのは予算会議だけで充分だろう?(悠長な態度も、室内の光景も、後輩の言うようにいつも通りに平和だ。今更慌てて何をやっても変わらぬのだし、なんて言い分を盾にすれば好きにさせておいた一年を見遣り、そろそろ潮時だろうと組んだ足をほどいて立ち上がろう。喧嘩の種になった問題の缶を放っていがみ合っている二つの頭にぽふりと掌を置いて、)…さて、そろそろ気は済んだか?今月九回目だ、次にやったら吉野の説教行きだから覚えておくといい。(そんな決め事をしていても、折り目正しい彼女の窘める声が聞こえない月はない訳で―ふと視界を掠めた、開いた儘のノートの間違いに眉尻を下げたなら、四年生の元へと駆けていった後輩の椅子を借りる彼は計算ミスが多いと笹山の文字をつつくのだ。慌てて己のノートを見直す姿を前に、「吉野、もう一杯頼んでいいか、」と今日の本来の当番の彼女にセイロンのレモンティーのオーダーを。三年生の彼と並んで立花を認めさせたその味を横に、首を捻る後輩に助言を入れる位には気が向いたよう。無事宿題を終えた二人の頭を委員長がくしゃりと撫ぜて、最後の一服の時間に小さなクッキー缶を振る舞うまで、もうすぐ――)

そもそも紅茶を飲むための委員会じゃないでしょう…もう。
( 吉野まな
(どこが作法委員会だと呆れかえったのはいつごろのことだったか。もうすっかり居心地の良くなった空間で、机上に読みかけの文庫本を広げながらティーカップに手を伸ばす。課題は家に帰ってから手をつけても十分間に合うだろう、勉学の時間とこういった時間を交えることはあまりしたくはなかったから。チェス駒の進む音、ノートをペンが走る音、そしてページを捲る音。当初所属したかった“作法委員”の方針とはかけ離れていたけれど、実際吉野は吉野で好きなようにやっているし、委員長に文句を言いつつも週に三度のこの時間を楽しみにしていて。しかしだからといって、突如始まった、最早恒例とも言える喧嘩―もといじゃれ合いを、黙って見過ごす吉野ではない。読みかけのページに栞を挟んで立ち上がったなら、もう、と呆れ半分に叱咤しかけた―ところで、四年の彼の声。誰かに呼ばれたのか気が向いたのかは知らなかったが顔を出してくれたことは素直に嬉しい。その名を呼んで挨拶に代えれば、彼の注文に動き出した三年の後輩に、それならば私も一杯とカップを手に取り後を追う―彼の入れるミルクティーは吉野も好きだったから。一息ついた綾部の言葉にまだ彼らの争いが終わっていないことを知り、委員長が立ち上がる様子を見送ったなら、それを横目に散らかった机の上を片付ける。彼の言葉に挙がった自身の名に溜めた息を浅く吐いて、)今も言いたいことはたくさんあるんだけどね、先輩に免じて今日は許してあげる。(一通り机上を拭き終えればまた皿を並べて、「もう散らかさないでよ」と一言付け加え。綾部と黒門、立花と笹山のやりとりに呆れた表情を緩ませていると、届いた注文に答えようとポットへ向かう。手伝いますかとやってきた浦風にひとつ礼を言ってから湯を沸かしなおしてもらい―)…ティーポット、やっぱり一つじゃ足りなかったね(と、先日新しくやってきた白い陶器のそれを指で撫ぜて肩を竦めた。もう冷めてしまったティーポットにお湯を注ぎ温めて――三分ほど経った後、委員長のもとへティーカップを運んだころには、もう一年生の頭はノートへと向いていることだろう。一先ずと役目を終えれば再び文庫本へと手を伸ばし、まだ温かさの残る後輩の淹れてくれたミルクティーに口をつけた。やはり、居心地の良い空間だ。)