綻 び は 突 然 に



Shusaku Komatsuda & Shouko Momoe



【プチペアイベサンプル】(冷え切った廊下で見かけた姿に笑み)

小松田秀作(機嫌良く鼻歌を零す彼が廊下を闊歩すれば、すれ違う生徒に「どうしたの小松田さん?」とご機嫌な理由を問われて気の緩んだ笑みを向けた。――彼が学園内で気を緩める姿は珍しいものではない。そもそもYシャツに余裕のあるサイズのカーディガンを重ねた地味な井出達では学生に紛れてしまえるほど。浮かぶ頼りなさ――基親しみやすさは生徒達に受け入れられているけれど。彼からの対応も、そしてそれに返ってくるものも、今までにはそれ程差異はなく。事務員としては当然であったけれど、勿論会う機会が多い生徒とは自然と仲良くもなるもの――近頃機嫌良く思い返す少女の顔が他とは違う印象を持っている事は、実は自覚済みだったりする。抜けているけれど、疎くはない。余りに踏み込む事は問題視される気がしたけれど、事務資料を抱えて進む廊下の先で小さな――反応のおかげでより幼く感じる少女の姿を目に留めれば、目尻を綻ばせて少女の元まで歩みを進めようか――)



小松田さんって、基本的にいぃっつも笑ってませんかー?

百枝梢子(冬場の廊下は極寒の地である――が、違うクラスの友人と、休憩時間の間に話が弾むのは間違いなく廊下という場所であり。彼女は今日も短くしたスカートの所為で感じる寒さをおして、廊下で黄色い笑い声をあげながら談笑に浸っていた)
ぅん?…あっ、小松田さん!お仕事中ですかぁ?
(ふと、自分を越えて背後の何かに気づいたような素振りを見せた友人に釣られて振り返れば、見慣れたネイビーブルーのカーディガン。会話中の友人に一言断って、こちらに向かってくる彼の方へと駆け寄れば、軽く首を傾げ。にんまりと浮かべた笑顔は少しからかう様な、遊んでいる様な色を帯び、)
しょーこが手伝ってあげましょーかぁ?小松田さん、このまま行ったらぜぇったいソレ、落としそーですよー。
(それ、と指さすのは彼が抱えた資料。すでに手の平を上に向けて差し出された手の平は、渡されない筈がないと思っている様な物で。彼の調査を命じられてからこっち、彼女の中で芽生えている感情の一つは、間違いなく、お互いの年齢差に似つかわしくない、私がしっかりしなきゃ!といった意味合いの物だった――)



(学園長の、ありがたーくない放送)

ザ――…

(小さくノイズが聞こえたかと思えば、言い争っているのだろう声は、殊更大きく響いた)

何じゃ!スパイ活動くらいどの委員会もみんなやっておるじゃろ!

(驚く顧問達の声は誰が聞いても肯定であっただろう)
(そして駆け付けた放送を知らせる声によって、乱暴に放送の電源は切られた――)

…ブッ――



そぉんなことないよお。僕だって怒る時は怒っちゃうんだからね。

小松田秀作(仕事中ですか?と首を傾いだ目の前の少女だけでなく不思議と問われる事の多い内容に、そうですよ〜、と間延びした返答を誇らしげに掲げた。当然じゃないかと無意味に威張って――どうにも仕事をしている様に見えない彼。それを心配する親切も身に覚えがありすぎる量をいただいているわけだけれど、彼女の手の平に顔を逸らしたのは事務員としての――というよりも男としての意地だった)
そぉんなことしませぇん。それに梢子ちゃんにはまだ授業残ってるでしょ。
(珍しく口にする年上らしい言葉には「僕に付き合ってたら遅れちゃうよぉ」とからかいも通じない純粋な返答を繋げて。それでも急ぐ様子が窺えずにいるのは少女との談笑が日常的なものである証拠だ。――けれど、突如として和やかに会話に咲かせていた花は引き千切られ、雑音交じりの放送は、知られざる真実を公にした。)
うわぁ…。スパイだって。すごいねぇ〜、みんなそこまでやってたんだ。あはは。梢子ちゃんも僕の事スパイしてたりして。
(目も丸くして放送を聞いていたけれど、彼には関係のない事に思えた。楽観的な冗談は放送を聞いて尚、全くその事実に気付いていない事を示しており、「スパイかぁ。ちょっとかっこいいよね〜」という彼の言葉は、現状では無神経極まりないものだ)



えぇ〜ホントですかあ?……ちょっと怒ってみてくださぁい!

百枝梢子(手の平から手を背けられれば不満そうに唇を尖らせる。空をつかむこととなったその手をひらりと翻せば、両腕を組んで尊大な姿勢で彼を見上げ)
別にいーんですよぅ、LHRなんててきとぉに明日の連絡しかないのに、ちょぉめんどぉなんですもんー。
(ふいーと息を吐きながら肩を竦める表情は本当に面倒臭そうで。微かに感じた落胆は断られた事の所為なのか、授業に戻らなければいけない事の所為なのか判別が付かぬまま。――唐突にスピーカーのスイッチが入るのは珍しい事では無かった為、普段通り億劫そうな表情でノイズを放つそれを、体を捻って見上げる。彼から見えるのは後頭部だけ――それが幸いしていたのかは、分からないが。大きく見開かれた瞳と、そして平和な声色で告げられる言葉を聞いて寄せられた眉、結ばれた唇が見られなかったのは良かったかもしれない)
――…ホントォですねぇー。もー、みんな、予算を奪うために必死で困っちゃいますよぉ!会計委員の遣り繰りを、切々ぅっと見したげたい気分です!
(ワンテンポ遅れてから振り返った表情は、きちんと笑顔を浮かべられて居ただろう。彼女の中に確かに存在する、小松田さんに気付かれる筈がないという、驕りの混じったその感情が浮かべた笑みに翳を落としていたのは事実だけれど―。―がやがやとざわめきが支配する教室の中を鎮めるかのように響く本鈴のチャイムも、今はどこか空々しく。そしてそれに劣らぬ位には空虚な彼女の笑い声が、段々と小さくなっていく。場を持たせるように響いていた本鈴が鳴りやめば、「もー クラス戻んないとー!」なんて先程の主張とは一転した言葉を零すのか)



ほんとだよ〜失礼しちゃうな。…怒ってと言われると難しい物が。

小松田秀作そぉかな〜。学校、毎日楽しそうで羨ましいけど。
(平和的に見守っている彼からすれば少女の不満は不思議なもの。混ざりたいと余所見をする事もあるほどだ。そんな中での些細な変化に、気付けるほど敏くは無く、ほんやりと腑抜けた笑みを携えたまま彼よりも低い位置の少女を見下ろして。――放送に対して特に気にした素振りを見せなかったのは、彼が事務員であり、全くと言って良いほど委員会には関わりが無いからであろうか。けれど揺れた不自然な空白。少女が今の放送に思い当たる節があった事を物語るには充分で。――充分だけれど、)
会計委員の遣り繰りがしっかりし過ぎてるから、みんな大変なんだよぉ〜。
(多分、と間の抜けた声で付け足す姿は、笑顔にすっかり騙されているように映っただろう。柔らかい髪をかしりと掻いて、「みんな楽しそうでいいなぁ」と普段ならば呟いていた言葉を飲み込んだのは、冗談を少女が全く触れようとしなかったから。無言は最大の肯定――彼がそこまで思い至ったかは疑問だが、人知れず違和感を抱いた事は確か。響き渡るチャイムに遮られた想いは隠したまま、勢いを失くしていく少女の笑みを継ぐように困ったように笑みを浮かべれば、)
僕も早く戻らなくっちゃ。吉野先生に怒られちゃう。じゃあ、LHR頑張ってね。
(何に対して浮かべた笑みかは、偶然にも上手く暈けていただろう。じゃあねと上げた片手に思わず書類をぶち撒けそうになりながら、危なげな足取りで少女から離れていった――)



ぷんぷーんって感じですか?…えぇ〜、ホントにそぉぞー外です!

百枝梢子(羨ましいと言われる本人は、その幸せをその瞬間には自覚していない事の方が多い。「そですかあ?」なんて納得し兼ねる声色と表情で不思議そうに首を傾げて。毎日日常になっている普通は、それが普通でなくなる迄どれだけ平穏で幸せなのか分からない――それは、この最初は面倒くささしか感じなくて、今でも調査する必要性を見いだせない―だが確実にどこか楽しんでいる―スパイ活動と言う物にも、同じ事が言えた。学園長の放送で、もう普通では無くなった彼と接すると言うその行為―)
…えぇえー、でもですよ?でもでも、第一にぃ、予算はぜぇんぶで決まってしまってるわけですからー、会計委員に詰め寄るよりも、他の委員会をどーにかしたほぉが効率的なんですよねー。なのにもぉ会計委員ばあっかり怒られるとかぁ理不尽ですよー。
(―ほら、やっぱり彼は気付かない。――そう、彼女は判断した。だからこそ、へたくそな普段通りを演出する為に精一杯で、悟られている事に気付けない。大げさに手を揺らしながらの不自然な饒舌は本鈴に遮られ、笑い切れていない笑顔は彼へと種を変えて移り。浮かべられた彼の笑みに、彼女も微かにどこか物寂しげな笑みを浮かべて)
……はぁ〜い、小松田さんも、落としちゃだめですよおー。
(言っている傍から散らかしかねない彼に手を振れば、彼女も教室へと戻る。ピシャリ!と力いっぱいに閉じた扉の所為で教室内で注目を集め、席に着くなりに突っ伏した姿に腹でも痛いのかと神崎に問われようと、始終無言のまま、ただただ先程の彼の笑みを思い出しては、いつまでも離れないもやもやした気持ちに心中一人で毒を吐いた――)


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