Present for 綾部喜八郎
(三段の―正しくは同じ形の箱が三つ重ねられただけの―貼箱にはそれぞれ別のものが入っていた。一段目には玉子焼き、チキンの牛蒡巻き煮、ロールキャベツ、串で刺したうずらのゆで卵とプチトマト、フライドポテト――色とりどり丁寧に並べられたそれは、どう見ても『お弁当』だっただろう。二段目には当然のように白米が敷き詰められ、そぼろで白い花を描くように覆われている。ただ、一番下の箱―三段目だけは、お弁当らしさからは離れていただろうか。開けてみれば、ピンクのペーパークッションで飾られた中に、粉砂糖が淡く印象を溶かす直径12センチ程のケーキが、オレンジの香りを漂わせながら上の二段と同じく可愛らしく置かれている。食べてみれば、それがホワイトチョコを使用したチーズケーキであることは察せるだろうか。赤、ピンク、白。上から色の違うその箱をピンクの三連リボンでしっかりと纏め上げれば、開けてみるまでそれがそんなちぐはぐな代物だとは気付けないかもしれない。彼の好きなもの嫌いなものに悩んで迷走した製作者の意図が伝わりにくいだろうそれは、それでも丁寧に拘られた様子があるだけに、それに見合う味にはなっているはずで――。ケーキの入った白い箱の底―こっそりこっそり、桃色のメッセージを忍び込ませて。食べた後に箱を簡単に捨てられるようにと考えて選んだだけに、気付かれることはないかもしれないけど、それは少々知識の足りない、ストレートな文体で―)

Happy Valentine!

         I love you!

色々な意味で、全く意味が分からない、……ほんとうに、ばか。//綾部喜八郎
(渡されたのは、他のプレゼントが手のひらに軽がるおさまるものだったのにくらべれば少し大きく、3段のそのプレゼント。一体どこの物好きがこんな手の込んだプレゼントを自分に渡すのかと、毎年それなりの量のチョコレートをこの時期に貰う綾部としても、初体験の3段。思わずプレゼントを手渡してくれた後輩と、無言でアイコンタクトを試みてしまうほどには、不思議なサイズだった。―とはいえ、チョコレートは確かに、嫌いではない。元手が掛からない貰い物なら、なおさら好きだ―。―そして、この3段のプレゼントを開ける番。物の順序としてとりあえず、一番上から開き始める。リボンを紐解いて、赤色の箱を開き―、)…………………どうして。(と、思わず呟いてしまったのも仕方がないと思いたい。まるで重箱のようだ、とは確かに思ったが、まさか、本当に。ピクニック弁当の様なラインナップが並んでいるとは、思いもしなかった。仮にも、本日はバレンタインなのに、お弁当。確かに、一所懸命さが窺える丁寧さで作られたのだろうお弁当は美味しそうに見えるし、好みのおかずが並んでいると言っても違いない。偏食家の綾部としては、市販のお弁当の場合嫌いな物が少なくとも一つは入っているものなのだけれど、そんな事もなく。美味しそうだ、と 思う。しかしだからこそ、チョコレートの箱と自分のお弁当の箱を間違えたのではないかという疑惑は、うずら卵とプチトマトを摘まみ串をぴょこぴょこさせながらひとつ目の箱を退かし、ふたつめの箱を見た時にさらに濃くなった。まさかの白米。1段目の中身から予測はしていたとはいえ、ハートでなく花柄のそぼろ白米。串を器用に使って目玉焼きとフライドポテトを口に運びながら、半ば諦めた様子で3段目に手を伸ばす。おかず・白米・次はデザートだろうという予想に違わず、3段目に姿を現したのはチーズケーキ。―本当に誰かのお弁当と間違えていたり、しないだろうか。そんな疑問は、その3段目を見ても晴れる事は無い。その癖堂々と貰ったのだから私の物精神でおかずに手を付けているあたり、返す気はさらさらないのだけれど。――4限目が終了して、お弁当の時間。自分の持参したお弁当に加えて、貰ったお弁当を平らげていく。メッセージカードに気付くのは、難なくすべてが胃に収まった後、せめて差出人―この場合元の持ち主と言った方が良いのかも知れない―のヒントにでもなる様な物は無いかと箱を探った時。この時期はどこかしこで目に留まる、ハッピーバレンタインの文字に続いて、綴られたのはやけに直球で、ストレートど真ん中。しかしだからこそ、正面勝負するしかない、そんな一言。ぴたり、止まった綾部の時間。片手で持ったカードに目を落としたまま、瞬きすらしないまま、メッセージカードを凝視して、)―――……………背伸び、するから…。(―なんとなく、差出人を察した。彼女なら、きっとそう、自分の食べ物の好みを知っていても可笑しくはない。嫌いじゃない物ばかりが詰められていても、不思議じゃない。そして同時に彼女だからこそ、このストレートな文面の深読みが出来ない。降参だとばかりにメッセージカードを机の上に投げ出して憎まれ口を一人叩いてみたのだけれど―。―、抑えられないのはきっと、少しずつじわじわと嬉しくなってくるなんていう、そんな気持ち。)