Present for 綾部喜八郎
「見たくないほど甘いものが嫌いだったら、ああいう冗談もなかったかな、って。
 お口に合うことを願って、突撃インタビューのお礼です。」

(―桃色の文字のあと、曲線だけで描かれた笑顔をぐるっと丸で囲み、簡素な顔文字を付け加えたメッセージカード。リボンシールを剥がしてフレンチレターボックスの箱を開ければ、それと二つのガトーショコラが相手の視界に入るはずだ。ふんわり焼きあがったこげ茶の表面には粉雪のように粉糖が白く散っていて、休み時間でも委員会の時でも手軽に食せる大きさ且つそこそこお腹に溜まるものをと作ったものは勿論成功作、味も保証付き。メッセージの言葉通り、一応お礼として様にはなっているようだけれど、―果たして相手の口に入るか否か、)

…芳川先輩は饅頭怖いって知ってますか?その逆です。…なんて。//綾部喜八郎
(決して行儀が良いわけでもない綾部は、立ち食いは得意な方だった。だから受け取ったその箱を開いたのは、教室に向かう道を歩きながらだった。器用に両手で物を持ちかえながら開いた中、二つ並んだガトーショコラにふるりと睫毛を揺らす。なるほど、美味しそうだ、と見ただけで良く分かるその出来具合に機嫌良く、その傍にあったメッセージカードを読みやすくするために持ち上げる。まず目に入ったのはその笑顔の顔文字で、なんだかいつぞや入門票で見かけたものに似ているな―なんて感じながら桃色の文字を追う。、ああいう 冗談。突撃 インタビュー。その言葉から連想される人物はただ一人で―そしてそれを考えればこの美味しそうなお菓子にも合点がいった。)…………………、(嫌そう、ともとれる微かに眉の寄った表情を、照れている、と読み取れる人間が学園に一体何人居るだろうか。現に傍を通りかかった生徒は、滅多に変化しない綾部の表情の変化にびくりと怯えている様ですらあった。――突撃インタビュー。それには覚えがあったから、差出人はきっと、芳川先輩だ。自分の委員の委員長のクラスメートで恐らく仲の良い会計委員長の彼と一緒に居るのをたまに見かける、その人。そこまで分かっていて、意訳すればチョコレートくださいになるその言葉を掛けたのは、つまり、恐らく貰えないだろうという確率の元、万が一貰えたらこれをネタに会計委員長にやーいと自慢でもしてやろうかという――あまり、理由があるともいえないうえに、当時の自分の機嫌が悪かったことからくる八つ当たりにも似たものだったのだけれど。手元にあるガトーショコラに目を落として、溜息をつく。気まずい。悪戯が成功したと考えれば喜ばしくもあるが、純粋な好意でこれをくれたのだろう先輩の事を考えると、若干、気まずい。本音らしきこのメッセージカードが、更に性質が悪い。むむ、とへの字になっていた唇からは、掠れ気味の音が零れ、)―……やっぱり、いじわるです。(そう呟いてから軽い溜息を吐けば、ひょいと片方のガトーショコラを口に放り込む。んむぐむ。ほっぺたを大きくしながら味わうそれは、確かに美味しい。性質の悪い悪戯を仕掛ける心算すら甘く溶けていくなんて、自分らしくないとは思いつつも。6年の教室に向かおうかと方向転換しかけた足は、素直に4年生の教室へと向いた。口にまるまる放り込んだ1つめとは違って、少しずつかじる様に食する2つめのガトーショコラは、教室に着く頃にはしかし半分程度には削られているだろうか。――意地悪だ意地悪だ―なんて言いながらも、差出人は誰か、と問われたりした場合、暫く考えてから、明白な本名ではなくて、「綾部喜八郎のファンだって。」と濁して答える程度には、彼女を気に入っては、いるのだけれど。)