Present for 小野原夏帆
(―世間でいう所謂逆チョコに当て嵌まる、クリームイエローの紙袋。端のほうをバイオレットのリボンで器用に結ばれている持ち手は、ラッピング用の白いミニバラの造花を挿して彩られている。有名ブランド『メ.リ.ー』の透明パッケージに入ったチョコレートバーを――アーモンド&クランチのミルクチョコ、ピスタチオ&フランボワーズのホワイトチョコ、キャンディー・イン・チョコ、ココアをまぶしたペカンナッツミルクチョコを、家族皆でつまめるように詰め合わせたが故のボリュームである。チョコレートの透明フィルムパッケージと紙袋の間にはメッセージカードが挟まっていて、英語に不慣れな者では中々読み取れない態と癖をつけた流麗な筆記体で一言記したのは、たった一人にだけ用意した贈り物の”特別性”を表すかのように、)
「―――You are my Valentine.」
いっぱいたくさんありがとー!…えへへ、ぜんぶ、大事にするね。//小野原夏帆
(すごそう。というのが第一印象だった。ほわー…と見惚れていた小野原に、しっかり受け取ってくださいよ、なんて持ち手を握らせたのは確り者の彼女だったか。一通りのプレゼントを受け取り終えたのは、休み時間が終わる少し前。慌てて帰っていく2人と別れれば、自分の席にて順にプレゼントを開きはじめ―。―何となく最後にとっておいてしまったのが、その紙袋。白バラを支えてそうっと紐解いた中からは、思いがけずの量のチョコレートが出てきて。)……わ、…わー!すごーい、おいしそー!(驚いて一瞬まんまるになった目が、嬉しそうに細まる。あまりブランドに敏くない為、なんだか本当にすごいなあ、なんていう単純な感想しか零れてこないのだけれど、笑顔が纏っていた幸せそうな色は格段に濃くなっただろうか。くるくる回したり、まるで初めて見るものを眺める様にチョコレートを見つめる。これだけの量があるのだから、自分のプレゼントを手伝ってくれた弟と、摘まみ食うだけだった妹にも分けてあげようかな、なんて事を考えつつにチョコレートを紙袋にしまおうとした所で、メッセージカードの存在に気付た。「おわ、」、と、気づかずにいかけたカードを取り出してからチョコレートをしまいこみ。ひらり、裏返っていたカードを表向ければ、最初は一瞬模様に見えた、筆記体。一瞬怯んだ様子を見せてから、ええと、なんて呟けば文字に指を添えて、線をなぞる。綴られたままに指先を動かして、文字を拾い―、)―…、…ゆぅ……ぁ、まい…、…う……ん?…あ、ちがう…、ブイかな?、ええと……あ、バレンタイ、ン?(―読み取る事は、何とか、一応。「あなたは、わたしの、バレンタイン…。」と芸のない直訳をぽつり―でもその直訳が正解では無い事は分かるものだから、ううん、と首を傾げる。他力本願に「ねぇね、バレンタイン、ってなんてゆ意味か知ってる?」と、傍に居たクラスメートに問い掛けてみるも、理解できる程の回答を受け取る前に、次の授業の教師が教室へやってくれば、答えを受け取らないままに授業が開始される。―そんな授業中にふと、出来心で電子辞書を引いてみた。杓子定規な電子辞書に載っているとはあまり期待せずに、Valentineのその9文字の検索結果を下、下、といくつかある意味を追っていく中―と、ある一節で、指先が止まる。)――…………っ!!(数秒の硬直の後、静かな教室にバチン!と電子辞書を力の限り思い切り閉じる音が響く。一瞬で耳まで真っ赤にした様子に驚いた隣の席の子よりも、でもきっと自分の心臓の方がドキドキしてる。飽和しそうな気持ちを抑える様に両手でほっぺたを包んで、ぽぽぽぽ、なんて音がしそうな程上がる体温を自覚する。―原因は、どちらかと言うと、知ってしまったその意味よりも、その瞬間に浮かんだ彼の顔の所為だ。違うかもしれないのに、一瞬で浮かんできた顔は消える事なく。違うしれないけどでも、でも、と、「でも」が何度も続く脳内で――でも、)……そ、…だったら…、…嬉し、なぁ……、(緩むのが抑えられない唇から零れる溶ける様な音は、小さく小さく響く。きっと隣の人にすら届いていないだろう、独り言。嬉しい、嬉しい、素直な気持ち―、とはいえ。今日一日、思い浮かべてしまった隣のクラスの彼と、照れ隠しな猛ダッシュなどせずに、しっかり顔を合わす事が出来そうかと言われれば、それはまた別の話なのだけれど。)