( 次屋三之助
(冬の寒空の下今日も体育委員は委員長の好むバレーボールを弾ませている。数日前に比べれば今日は天候も良く青空が透き通っていてバレー日和だ!という委員長の言葉も確かに納得はいったが、理解が出来るわけもない。次屋は冬だと言うのに浮かんできた汗をジャージの袖で拭いながら、グラウンドの側にある木の根元に座り込んだ。いけいけどんどーんと言う委員長の口癖は今日も晴天に響き渡っているが、彼はひとりバレーボールを打つことで満足しているのか、委員の姿はちらほらと居たり居なかったり。真面目に彼に付き合って居たり、居なかったり、もしくは全く別の競技を始めていたりと、しごく自由だった。まるで体育の授業の自習時間のような雰囲気は最早慣れたもので)
――…あっつー…
(冬のはずなのにそんな事を呟きながら、今だ活動中の生徒たちを見回す。座り込み立てた膝の上に預けた両腕はだらりと垂れて。疲労の色が浮かぶ彼の目には、今日も平和な委員会が映っていた――)

そ、そろそろ休憩にしませんか…!?うわっとまたボールが!
( 平滝夜叉丸
(この時間ばかりはおしゃれや容姿などに構っていられない――白いTシャツに学年カラーの紫ジャージを上下羽織っても逃げることはできないこの寒空の下。バレー日和というその気持ちはわからなくもないけれど、最初は袖から手は出ないわ身体は動かないわでガタガタ震えるばかりだった。しかしこれも毎度のこと、ただぼんやり立っていることを許すはずのない委員長に急かされボールを追いかけ打ち返し追いかけ打ち返し、その繰り返しで冬だというのにすっかり身体は火照って汗も滲んできた。石段の上へと置いておいたタオルとドリンクを取りに行きたい、けれども中々休憩は訪れず―)三之助おまえ!休んでないでこちらを手伝…おわっ、ちょっと小平太先輩飛ばしすぎです、取れませんからぁー!!(変なところで不器用な滝夜叉丸が我らが委員長には叶うはずもなく、逃れる方法も知らないで今日も今日とてバッチリバレーボールの相手をさせられていて。すっかり汚れた上ジャージはとっくに脱ぎ捨てていて、しゃかしゃかと下ジャージを鳴らしながら大きく飛ばされたボールを追いかける。飛ぶようにと思い切り腕に打ち付ければ、疲れも手伝ってか委員長へ返すつもりが別の方向へ――それはそれで構わなかったのだが、)夏帆せんぱーい!そっちへ行きましたよー!…はぁ、もうこのまま二人でやってくださいよ…。私はそろそろ休みますからねー!(何度目の台詞だろうか。ずるいと唇を尖らせる、同じく疲労しきった一年生に「金吾、おまえは残って先輩方の相手をしろよ」なんて理不尽な言葉をかけつつも結局は休まず返って来たボールを打ち返してしまうものだから、染み付いた習慣というのは怖いものだ。他の競技を楽しむ生徒たちを横目に立ったまま膝に手を置いて体重をかけ、深く深くついたため息は冷たい空気の中溶けるように昇っていった。)

まだまだ休ませては貰えないみたいだよぉ!走れー滝夜叉丸ー。
( 小野原夏帆
三之助!(青色に透る声色は未だに疲れを知ら無い。サボっていますという姿勢の彼を咎める事無く駆け寄れば、傍に到着すると同時にぼふりとタオルを頭から被せる。そしてそのままわしわしと遠慮なく汗を拭く手つきはまるで大型犬を相手にしている時のようなそれだ。何が嫌なのか逃げる様に体を捻る次屋を遠慮なく拭えば次第に抵抗も諦めが掛かって―「ど?」なんて聞くのは疲労で既に跳ねて居た彼の髪がさらにぴょこぴょことした頃だ。)駄目だよーもう、汗を放置は風邪のもと!(腰に手をやり上半身を傾けながらの言葉は、小野原が日頃言われ慣れている言葉そのものだ。返答を求める様な語尾の強さに、渋々ながらも理解した旨返事が来れば、満足したように頷いて、えらいえらーい!なんて告げながら一部だけ色の違うその髪をご機嫌そうにくしゃりとかき混ぜた。そんな時に滝夜叉丸に名を呼ばれれば、反射的にふいと振り返る。少し遅れてついてきた髪の毛が頬へと掛かる頃には、もう駆けだして―。「はあい!」と元気の有り余る返事共に、ポーンと飛んできたボールの着地点へと向かいボールを見上げ、)うぉあっ、まぶし―……ぃてっ!(ぴかりと瞳に差し込んで来た光に目を細めてしまえば、タイミングを逃した手と手の合間をボールがてこっと額で跳ねる。小平太から心配する前に笑い声が飛んでくるのはそのボールの威力が大して無かった事を悟っているからなのか、それとも単純に見慣れた光景だからなのか―せめて前者であれば良いと思いつつ、転がったボールを探すようにきょろきょろと見回して。6年間体育委員在籍という実績は、残念ながら、単純な基礎体力はともかく、あまり小野原の所々でブツ切れている運動神経を飛躍的に向上させる役には立たなかった様で―。きょときょとしていれば、呆れたように差し出されたボール…の先をたどれば、先程まで休んでいた次屋がそれを差し出していて。)わ、ありがとー!…三之助も、そろそろ復活する?(ぽんぽんとボールを手の平で数度弾ませれば、ひょろりと背の高い彼を見上げる。一時休憩と言う様な姿勢をとっている滝夜叉丸は小平太がそれに気付くまではしばらく休ませてあげたいし、と。一言二言話しているだけで催促するように「小野原ー!」と名を呼ばれれば、仕方がないなあとばかりに再び返事をして、ぽーんとボールを跳ねあげるのか。白色が添えられた青い空は、まだまだ茜色に染まる気配を見せない。委員長である七松が満足するまで続けられる委員会―そんな自由すぎる雰囲気に飽きを覚える筈もなく。「ほら、いこー!」とまだ中途半端に悩んでいる次屋の腕をとればぐいぐいと輪の中に引っ張って行こうか。まだまだ澄み渡った青の下、底の見えない溌剌さと共に―)