( 久々知兵助
(化学準備室の一角が、静かに揺らめいた。何をしてるか分からないどころか何所で活動しているかすら認知されていない――火薬委員会と称される、名前からして謎の多いその委員会は、そうやって密やかに集会を開いていた。特に重要な話し合いがあるのでもなかったけれど、早くから準備室に居座る彼は、随分真剣にとある一点を見つめていた。揺らめくのは、蒸気の熱。それを吐き出すストーブは、つい先日、余りの寒さに委員会顧問が見兼ねて、古い備品を借り出してきた代物だった。大きな型で、うっかり触れれば火傷をしてしまいそうではあったのだけれど、柵が付けられないのは低学年と言えどももう中学生なのだからと、そんな理由からだろうか。尤も、この委員会では低学年の方が確りとした節も窺えるものだから、そんな心配は不要の長物である。それよりも今注意すべきはこの男――真剣な表情でストーブを見つめていたかと思えば、カッと大きな瞳を見開いて、不意に開口する。)
――…いける。
(何がだ。と、誰かが側にいれば思ったかもしれない。当然の様に彼が思うのは、この上で豆腐を焼けば香ばしい焼き豆腐が出来上がるんじゃないかなんて、彼が秀才なんて呼ばれる事を疑ってしまう様な、余りにも浅はかなもの――結論。詰まりは暇なのである。)

火薬委員は四年前の冬からストーブを導入するべきだったんだよー
( 梅宮千里
(火薬委員が主にたむろする―正確に言うと主な委員会活動場所と言うべきなのだが、基本的に雑談が多くなってしまうのでたむろでも強ち間違いとは言えなくて―化学準備室。日の差し込まない化学室は夏場ならば良いのだが冬になるとたまに室内でも吐息は白くなる寒さを誇る。そしてその奥にある化学準備室なんて輪をかけて、である。例年冬になると其処で毛布を重ね丸くなっている梅宮が見受けられたものだが今年の冬はとうとう、待ちに待った、救世主―『ストーブ様』が降臨した。大分型も古いのだが熱を送ってくれる、それだけでプライスレスである。神様やー、なんて拝む梅宮に顧問が苦笑を返したのは言うまでも無く。とはいえ何故この年になってから、と聞かれれば原因はその梅宮であるのだが。下級生―低学年の二人であるが、その二人は基本的にはしっかり者である。最年少の少年は一年は組のお約束、と言うものはたまに起こり得るが其れを差し引いても彼は良く気の付くし、二年生に関して言えばい組は優秀の代名詞である特待生。編入したての四年生は実の所梅宮よりも年上だし同級生は成績優秀文武両道、若干天然である事を加えても危なげなど全く無い。つまり、五年にしては組の梅宮千里こそが大ブレーキとなっていた訳である。ストーブに迂闊に触ると危ない、とかすっころんだらどうする、とか神経性胃炎持ちの顧問が、現在の一年は組の大先輩である梅宮を心配したのも尤もであった。感情が表情に出辛く、口癖が面倒くさいのこの女、下級生にクールだとか怖いとか大概勘違いされては居るものの、実は火薬委員会においては一番手のかかる生徒である。顧問が受け持つ一年生にそう説明した事があるのは本人の知るところではないが。その問題児、ストーブが入った日から委員会に持ち込む菓子の類の幅がぐんと増え、今では嬉々として餅であったりと菓子とは言いがたいものも持ち込むように。今日も今日とてフライパンとホットケーキミックスを抱え化学準備室に―)…のーもあとうふ。今日はホットケーキの気分なのデス。(戸を開けたときに聞こえたいける、の言葉。何を指すかなんて例えクラスが違っても、五年も付き合いがあればわかるものである。備品のチェックも掃除も二週に五度のペースで行っている―つまりやる事の無い火薬委員会。今日の委員会活動の内容は恐らく梅宮の手際の悪さに委員が見かねて手を出すことになるだろうから、結局ホットケーキ作りになるだろうか。――火薬委員は平和だなぁ。外に聞こえる「いけどーん!」や「ギンギーン!」と言う声に皆で作ったホットケーキを頬張りながら、今日もしみじみ思うのか)

先輩達よく我慢してましたねぇ。その分今年は暖まりましょうー
( 二郭伊助
(委員会が大変だとぼやくクラスメイトの声に、彼が暫らく首を傾げたのは、それだけ彼の所属する委員会がのんびりまったりだったからに他ならない。設定された人数が少ないなりに委員会顧問はクラス担任、直ぐ上の上級生は面識も多い二年生と、入りやすい環境が整っていたし、四年生や五年生も、最初こそ緊張があったものの、人当たりの良い四年生と面倒見の良い五年生、それからもう一人の五年生も、最初こそ恐い人だと思っていたけれど、委員長代理が“全然恐くないよ”とけろりと言うものだから、警戒心も簡単に解れてきて、――委員会には馴染んできたけれど、未だに理解は出来なかった。長い睫を微動だにせず、猫の様に一点を見つめ続ける先輩に目が乾かないのだろうかと此方まで神妙になってはらはら見守っていれば、呟きにクエスチョンマークを浮かせたのは彼がまだ一年生だからだろうか。はっ、久々知先輩が何か大変な事を閃いている…!取り敢えずそう神妙な調子を合わせておく事にして。――それと同時に耳に届いた声に、ぱっと振り返って笑みを浮かべれば、ほっと胸を撫で下ろし、)梅宮先輩!こんにちはー。今日も色々持ってきたんですか?(今まで二人だけだった空間に若干の心地悪さ――と言うよりも、どうしたらいいのか分からない緊張感を感じていただけに、人が増えるだけで胸に安堵感が広がる。前述の通りホットケーキを作り始めた彼女に先に手を出すのはやはり委員長代理の彼か。器用な五年生と不器用な五年生は、あれで中々仲が良いと、途中で加わった四年生と笑みを零して見守りながら、準備が進む様子にわくわくと胸を昂らせて。――遅れてやってきた二年生が、そんな火薬委員会の光景を目の当たりにして見せた胡乱気な瞳は、可笑しくて暫らく忘れられそうにないけれど。作り終えたホットケーキを頬張る皆の顔に擽ったそうに笑みを浮かべれば、もう一奉仕と行きますか)はーい。先輩方、お茶をどうぞ――。