( 久々知兵助
(化学準備室の一角が、静かに揺らめいた。何をしてるか分からないどころか何所で活動しているかすら認知されていない――火薬委員会と称される、名前からして謎の多いその委員会は、そうやって密やかに集会を開いていた。特に重要な話し合いがあるのでもなかったけれど、早くから準備室に居座る彼は、随分真剣にとある一点を見つめていた。揺らめくのは、蒸気の熱。それを吐き出すストーブは、つい先日、余りの寒さに委員会顧問が見兼ねて、古い備品を借り出してきた代物だった。大きな型で、うっかり触れれば火傷をしてしまいそうではあったのだけれど、柵が付けられないのは低学年と言えどももう中学生なのだからと、そんな理由からだろうか。尤も、この委員会では低学年の方が確りとした節も窺えるものだから、そんな心配は不要の長物である。それよりも今注意すべきはこの男――真剣な表情でストーブを見つめていたかと思えば、カッと大きな瞳を見開いて、不意に開口する。)
――…いける。
(何がだ。と、誰かが側にいれば思ったかもしれない。当然の様に彼が思うのは、この上で豆腐を焼けば香ばしい焼き豆腐が出来上がるんじゃないかなんて、彼が秀才なんて呼ばれる事を疑ってしまう様な、余りにも浅はかなもの――結論。詰まりは暇なのである。)
先輩達よく我慢してましたねぇ。その分今年は暖まりましょうー
( 二郭伊助
(委員会が大変だとぼやくクラスメイトの声に、彼が暫らく首を傾げたのは、それだけ彼の所属する委員会がのんびりまったりだったからに他ならない。設定された人数が少ないなりに委員会顧問はクラス担任、直ぐ上の上級生は面識も多い二年生と、入りやすい環境が整っていたし、四年生や五年生も、最初こそ緊張があったものの、人当たりの良い四年生と面倒見の良い五年生、それからもう一人の五年生も、最初こそ恐い人だと思っていたけれど、委員長代理が“全然恐くないよ”とけろりと言うものだから、警戒心も簡単に解れてきて、――委員会には馴染んできたけれど、未だに理解は出来なかった。長い睫を微動だにせず、猫の様に一点を見つめ続ける先輩に目が乾かないのだろうかと此方まで神妙になってはらはら見守っていれば、呟きにクエスチョンマークを浮かせたのは彼がまだ一年生だからだろうか。はっ、久々知先輩が何か大変な事を閃いている…!取り敢えずそう神妙な調子を合わせておく事にして。――それと同時に耳に届いた声に、ぱっと振り返って笑みを浮かべれば、ほっと胸を撫で下ろし、)梅宮先輩!こんにちはー。今日も色々持ってきたんですか?(今まで二人だけだった空間に若干の心地悪さ――と言うよりも、どうしたらいいのか分からない緊張感を感じていただけに、人が増えるだけで胸に安堵感が広がる。前述の通りホットケーキを作り始めた彼女に先に手を出すのはやはり委員長代理の彼か。器用な五年生と不器用な五年生は、あれで中々仲が良いと、途中で加わった四年生と笑みを零して見守りながら、準備が進む様子にわくわくと胸を昂らせて。――遅れてやってきた二年生が、そんな火薬委員会の光景を目の当たりにして見せた胡乱気な瞳は、可笑しくて暫らく忘れられそうにないけれど。作り終えたホットケーキを頬張る皆の顔に擽ったそうに笑みを浮かべれば、もう一奉仕と行きますか)はーい。先輩方、お茶をどうぞ――。